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八坂紗弥(privatter+ / mixi2)
3月31生まれ。気候変動に弱い。自分で一から計画して国内を旅行するのが好き。大体RTA。
大体ちょろい。

No.25

春は何処か

雲一つない澄んだ秋空。気がつけば夏の焦がれるような暑さはいざ知らず。微笑みかけるような柔らかい日差しが降り注ぐ。手拭いで顔を拭った夏がどこか恋しいような。少し遠くなった太陽に手を翳せども夏ほどの眩しさは無くなってしまった。いつの間にかに青々としていた紅葉は黄色く。そして黄色から赤。燃えるような麗しの赤に染め上がっていた。枝から旅に出た落葉がカサカサと涼風に吹かれて転がっていく。首元の襟巻きの端がひらひらと風にたなびくのを感じていた。
「ふぁあっ……いい天気だなぁ」
 非番。日用品の買い出しを早々に終えて一息。用事は済ませてしまったが、折角の休みにそのまますぐに帰るのも味気ない気がする。そう思って立ち寄ったのが屯所近くの古刹である。重厚な門をくぐり、境内へと足を踏み入れていくと、石畳の参道と本堂がまず視界に入ってくる。開けた境内をぐるりと見回すと、作務衣を来た坊主が竹箒を持っている。掃除をしているようで、石畳に散らばった枯葉色を集めている。しゃっしゃっと箒の乾いた音が小気味よい。参拝者の姿はぱっと見回す限りでは見当たらず、時折修練の為にやってくる隊士達も今日は見当たらない。遊びにやってくる近所の子ども達の姿も見当たらない。珍しく静かな境内だ。これはよい。少しばかり休憩をしていこうと、門の前から奥にある本堂の方へと踏み入れていき、本堂前の幅広い階段に腰を掛ける。会談の隅に腰を掛けると、懐から先程道中で買ってきた饅頭の包みを取り出した。それを見て思わず口角が吊り上がってしまう。
「ふふん。今日はこれが買えて僥倖だった」
「何がぎょーこーなの?」
「それはこの饅頭を買えたことだよ。人気のお店だから中々買えない、ん……?」
 {name2} がハッとして顔を上げると、目の前にはいつの間にかに幼女が立っていた。おかっぱの幼女。修練などでこの寺によく訪れているが、この辺ではあまり見かけたことのない顔の子だ。気がつかなかったとぱちぱちと瞬きをしていると、その幼女は無邪気な笑みを浮かべて{name2} の膝に乗り上げてくる。{name2} とは初対面のはずだが、随分と人懐っこい子どもである。
「そうなの?! いいなぁ、私も食べたいなぁ!」
「……食べる?」
「うん!」
 ポリポリと頬を掻いた{name2} に、屈託のない笑みを浮かべる幼女。{name2} は子どもの扱いなどてんでわからないのだが、まさか無下に出来るはずもなく、分け与えてやることにする。正直なところ、甘味は{name2} の好物であるから、惜しいと言えば惜しいのだが、それではあまりにも大人げない。
「——でも、まずはご挨拶してからにしようか」
「ご挨拶?」
「うん」
 持っててと幼女に饅頭の包みを持たせ、そのまま抱えるあげると本殿前の賽銭箱に二人分の賽銭を入れる。
「仏様にご挨拶?」
「そうだよ、そうしたら食べようね」
「わかった!」
 一生懸命に拝み始める幼女の様子を見て、微笑ましく思った{name2} は思わずつられて笑う。お邪魔しますと{name2} も暫し手を合わせていると、少女は待ちきれなさそうに{name2} の袖を引いている。早く饅頭を食べたいという表情で見つめてくる幼女を見て、世間の妹や弟はこうやって兄や姉を慕ってくれるのだろうか。そう思いながら、幼女の頭を優しく撫でてやる。
「食べよっか」
「食べるー!」
「ゆっくりお食べ」
 満面の笑みを浮かべた幼女は待ってましたとばかりにはしゃぐ。{name2} も苦笑しながら、抱えていた幼女を隣にそっと下ろしてやると、包みを開き、饅頭を一つ手渡してやる。ありがとうと嬉しそうに受け取った幼女を横目に己の分も取り出して食べ始めようとする。
「あれ? {name3} くんだ」
「こんにちは、沖田せんせい」
 にわかに門の方が騒がしくなったかと思えば、子ども達が境内に飛び込んでくる。この壬生寺の近所に住んでいる子ども達だ。きゃっきゃと楽しそうに追いかけっこをしている。子ども達に交じってやってきたのは、{name2} の上司である沖田総司だ。沖田は{name2} の姿を認めるなりパッと明るい顔をして近寄ってくる。嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべた彼は{name2} の目の前までやってきた。
「お一人ですか? 隣いいですか?」
「え?」
 ハッとして横を向けば、先程まで隣にいたあの幼女はいなくなっていた。きょろきょろと境内に視線を飛ばすが、走り回る子ども達の中にその姿を認めることができなかった。
「(いつのまに……?)」
{name3} くん?」
「いや、何でもないです」
「それじゃあ、お隣失礼しますね」
 「少し休憩します!」と走り回る子ども達に高々と宣言した沖田は、ニコニコと笑みを浮かべながら{name2} の座っている階段の隣に腰を下ろす。立ち止まった子ども達は、了解というように沖田に手を振って返事をすると、再び境内を走り回り始めた。その様子を微笑ましそうに眺める沖田につられるように、{name2} も子ども達が楽しそうに鬼遊びをする様子を見守る。
 子ども達は実に縦横無尽に駆け回っている。境内の掃除をしていた坊主が一度走ると危ないぞと注意をしてはいたが、坊主の顔もどこか慈しむような表情で子ども達を見守っている。本堂前まで階段を駆け上がってみたり、境内に植わっている大木の周りをぐるぐると回ったり、鐘楼の影にこっそり隠れてみたり、挙句の果てには{name2} と沖田の背後に隠れてみたり、本当に自由闊達だ。
「いつもお休みの日は子ども達と遊んでいるのですか?」
 持っていた饅頭を手で割って、沖田に差し出すと嬉しそうに手に取った。
「そうですね。大体は子ども達と遊んでいますね」
 沖田は一度{name2} へと視線を戻し、再び子ども達へと視線が向かわせた。その瞳には普段屯所にいる時とは違った穏やかで優しい橙色を灯している。そして、子ども達の笑い声に誘われるように穏やかに笑い声を零している。屯所でくつろいでいる時などは物腰柔らかく穏やかな雰囲気はあるが、任務中は緊張感で張り詰めている。危険な仕事であるから当然と言えば当然だが、こうして心の底から気持ちを寛げている姿を見せるのは珍しい。滅多に見かけない穏やかな表情をこっそりと横目で追う。
「それにお勤めがお勤めですから……できる限りは一緒に子ども達といたいんです」
 子ども達と一緒に過ごす時間がとても愛おしいのです。
 屈託のない表情で子ども達を見守っている沖田。心の底からそう思っているようであった。それは沖田にとって心の拠り所でもあるようだった。殺伐としたこの京の都で命がけ。いつ死ぬかもわからない状況だ。どこかに拠り所は必要だ。他の隊士達もそういった各々の拠り所があって、日々を生き続けている。他の隊士達は色街などへ行って心を慰めたりするようだが、沖田にとってはこうして子ども達と遊ぶことが何よりも心の慰めになるらしい。そういった沖田のあり方を{name2} はどこか安堵していた。
「せんせいは、色街には行かないのですね」
「うーん、{name3} くんも色街には行かないですよね?」
「え?」
「ん?」
 気が付けばぽろりと零れていった言葉にハッとする。無意識だった。個人的な事を聞くものではなかったと、慌てて口元を抑えると、怒ってないから気にしないでくださいと気を使われる始末である。目を丸くした沖田が、すぐににこにこと笑みを浮かべた。
「ボクはね、少し気になる子がいるんです」
「気になる子……そういう女性がいたとは初耳ですね」
 瞬間。少しだけ、子ども達の笑い声が遠く聞こえた。
 沖田に想い人がいるなどとは{name2} は思いもよらなかった。驚き目を丸くすると同時に、すぐさま先程の問いに対しての回答が腑に落ちる。なるほど、その気になる女性というのは、色街へと行っても会えない人物なのだろう。そうすると市中の女性か、江戸へ残していった恋人などなのかもしれない。そういう存在がいたというのは本当に初耳で驚いてしまったが、そうであれば納得がいく。男性であればそういうこともあるだろうし、色街へ行くことが悪いことではないが、沖田が行かない理由を述べた瞬間、何となく安堵してしまった。それと同時に無性に落ち着かないような何とも言えない心地がする。やはり自分の上官の色事など知りたくないからだろうか。
「ふふっ……。原田さんや永倉さんには内緒にしてくださいね。あっという間に屯所内で知れ渡ってしまうし、知られると恥ずかしいですから」
「あ、ええ……。そういう個人的な事は他人には話したりはしませんよ。そういうのって野暮でしょう?」
「……そうですね」
 噛み締めるように呟いた沖田に、思わず視線を向ければ、覗き込むような視線と絡み合う。凪いだ海というのはこういうものだろうかと見入っていると、神妙な面持ちで見つめてくる。
{name3} くんは気になる人、いますか?」
「?」
「いいえ、何でもないです」
 {name2} の自然と傾いた首を見て、沖田は困ったような顔をしたが、すぐさま、穏やかな表情を浮かべて首を振った。何でもないですといった表情を見て、とても何でもなさそうには思えなかったが、今の{name2} には沖田にかけるべき言葉が何なのか見当がつかず、必死に言葉を紡ごうと口を開いたり閉じたりしているが、結局のところ、唇は震えなかった。
「総司! お兄ちゃん! 一緒に遊んでよ~!」
「よぉ~し! そしたらボクが今度は鬼の役ですね! 十数えたら追いかけますよ~!」
「わああ! にげろにげろ~!」
 打って変わって。勢いよく立ち上がった沖田に、びくりと{name2} は身体を揺らした。先程の沖田の神妙な面持ちは跡形もなく消えてなくなってしまった。それでも脳内はどこか言葉を探している。
 間延びした数数え。一目散に散り散りになって四方へ走っていく笑い声。少し傾いた陽の光。
「——{name3} くんが良ければ、またお休みの日に来てくれませんか?」
「え」
「子ども達も、ボクも、喜ぶので」
 十。高らかに宣言した沖田が{name2} を置いて走り出す。残された{name2} はただその背中を見つめて、暫く座り込んでいた。早速一人子どもを捕まえた沖田がぎゅうと羽交い絞めにするように抱きしめて頬ずりをしているのが見える。きゃいきゃいと子ども達が楽しそうにする声が、そっと優しく寄り添って、何とも言えないような温かさを感じる。少しだけ、優しいような気持ちと張り詰めた糸が弛緩していくような、そんな心地に包まれて、居た堪れなくなった{name2} はすっと立ち上がると、腰に刀を差して走り出す。
 それを見た沖田は嬉しそうに笑って、
「今度は{name3} くんが鬼だよ」
 そう言って頬ずりして仲良くしていた子どもを抱えながら夕暮れに走り出していった。

21.11.09 『春は何処か』 初出
22.01.03         加筆
(4555文字) No.25 あさきゆめみし at by NO IMAGE 八坂紗弥 編