深、と降り積もる静けさが、底冷えする空気が、じんじんと身に沁みる。北風がひゅるりと凪ぐ度に身が縮こまって、暖をとろうと首に巻いた襟巻きに頬を埋める。悴んだ手のひらを合わせてスリスリと手揉みをしながら往来を歩いて行く姿はさぞかし不格好ではあるが、背に腹は代えられぬ、致し方ない。
「寒いですよね。もう少しですから我慢してくださいね」
「わかっているよ、そのくらいは我慢するさ」
一歩先を歩く背中はいつだって美しく伸びている。楽しそうに息を弾ませるその表情を窺うことは叶わないが、見なくたってわかりきっている。
くるりと振り向いたその表情はやはりにこやかに笑っていて、笑い声と共に白い息が吐き出される。
「あはははっ! さん少し短気なところありますからね」
「うるさいよ、総司」
「私は好きですよ、そういうとこ」
「(――またそうやって、臆面もなく……)」
彼の言動を苦々しく思い、顔が歪むのを感じながら、袖の中に手を引っ込めようとすれば、先に手を握られる。ぎょっと彼を凝視する。
彼はにんまりと花が咲いたようにきれいに笑っている。それは、女である自分でさえも息を飲み溜息を吐いてしまうような悩ましい美しさ。眩暈がするような優しい眼差しは、真っ直ぐに受け止めるには眩しすぎる。
そっと視線をずらせば、さんと優しく手を包み込んで、丁寧に撫でられる。自分の手の冷たさで感覚が曖昧になっているが、ひんやりとした彼の手はきっとこちらの手よりもずっと冷たくて、まるで、まるで……。
脳裏に過った言葉に背筋をぞっとさせてぶるぶると考えを振り払う。
するりと手を解こうとしてみるが、しっかりと手を離さないように握り締められて解けない。
「寒いのでさん手貸してくださいね」
「私だって、手つめたい……」
「冷たい同士くっつけば温かくなりますって」
「……」
「ね、さん?」
「――屯所の近くまで」
「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです」
狡い。狡い、ずるい。
この男はそうやって人の心に付け込もうとするのだ。にこにこと朗らかに笑って、人懐っこい笑みを浮かべて、そうやってすべてをなし崩しにしてしまう。人の気も知らないで、どろどろに私を甘やかすから本当にたちが悪い。自然とゆるみ始める口許だって、襟巻きを整えて隠してしまわなければならない。冷たかった指先がじわじわと握られた部分から熱を帯びて冷え切った心までも温かく溶かすようだ。
「放さないでくださいね」
「――わかっているよ、寒いのだろう」
「ぜったいに、はなさないで」
「? 総司?」
じっと見つめるその真剣な眼差しを受けて、軽口など叩けるはずもなく、息を飲んだ。先を歩いていたの手を引いて立ち止まらせると、両頬をその手で包み込む。まるで壊れ物にでも触れるような優しい手付きでに触れるとそっと頬に口づけを落とす。
「そう、じ」
どくり、どくり。心臓が沸き立っていく。頭の中は騒然としている。まるで幽鬼でも見たような現実味がない感覚に、思考が追い付かず狼狽える。彼と過ごしていく内に、彼のことを心のどこかで慕っていたのを感じてはいたが、想いを告げるという行為は禁則行為のようにとらえていた。自分が男装している以上、女であることは許されない事だと思っていたし、明日をも知れぬ身でありながら、色恋になどかまけている場合ではないと理解していた。この感情もそっと目隠しをして氷を口の中に含ませるように溶かして飲み込んでしまえば、そっと水底にしまい込んでしまえば、少し息苦しいだけだ。ただ、そこに彼や仲間たちと一緒に笑い合える方がよほど今の自分には大事なことだと思っていた。
それなのに、どうして。どうして、こんなむごいことをするのだ。ただ、一緒に生きることができるだけで良かったのだ。私が性別を偽ってようやっと肩を並べて彼と戦うことができるのだ。性別を偽って漸く手に入れた彼らと駆け抜けてきた大切な日々を、いつの間にか大切になってしまったこの日々を捨てなければならない。
「――きっとあなたは、私と一緒には居られないのでしょうね」
「あ、あ……」
ああ。そうやって、寂しそうな顔で笑うなんてずるい。
「それでもね。思ってしまいました。あなたとずっと一緒にいたいなぁ、って」
だから、泣かないでください。
はらはらと、涙と雪が舞うのは一体どちらが先であったか。唇を開いて言葉を発しようとするが、わなわなと唇が振動して上手く開かない。視界がぼんやりとぼやけていく。どうして、こうも私は上手く紡ぐことが出来ないのだろう。歪んで君が見えなくなっていく。いかないで。
これは君に言わなければならない言葉だ。あの時、ずっと言えなくて後悔していた言葉だ。だから今度こそ、目が覚めてしまわぬ前に、私もずっと――
「――私も。ずっと一緒に、いたかった。いたかったよ」
それは遠き、冬の片隅の夢。
お題:診断メーカー
雪が降り出した寒空の下、じっと見つめられてからほっぺにキスをされ、小さな声で「ずっと一緒にいたい」と言われて、泣きながら自分も同じ気持ちだと伝える総凛https://shindanmaker.com/597297
18.12.27 加筆修正