*原作未読、アニメ知識のみ。間違いがあってもお察しください
*熱血しない日向。
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優しく包む夕暮れの橙。キラキラと輝かせる鳶色の瞳。真っ直ぐに射抜く視線。男子にしては少し高めで軽快な声色。そして、少し小さめな体躯。ころころと変わる表情。快活に動き回り人のこころ愛らしい後輩。
と言う少女にとって彼・日向翔陽はこう形容される。
このと日向翔陽の関係の来歴を紐解くと中学時代から始まる。と日向は中学生時代のバレー部の―無論、男女は別であるが―先輩と後輩であった。男子バレー部といっても部活というには余りにも程遠いもので、部員は日向唯一人。日向の練習と言えば、一人でも出来る範囲のボールを使用した練習や他の部活動に所属している友人(時間がある時にお願いしていた)とのパス練習、地域のママさんバレーに混ざっての練習。放課後の時間は女子バレー部が体育館のコートでパス練習やミニゲーム式の試合の練習しているのに対して、日向は体育館の隅で一人でも練習出来るようなオーバーハンドやアンダーハンドのパス練習等をするぐらいであった。
それを見兼ねた当時女子バレー部部員であったが日向に声を掛けてパス練習に誘ったのがと日向の交流の始まりである。は一人でも出来ることを熱心に続ける日向に感銘を受けた。並々ならぬ思いが無ければ一人では中々続けられない。大会に出て試合が出来るわけでもなく、何時の日か必ず大会で試合をすると意気込んでいた彼を見ては少しでも力になってやりたいと思ったのだ。三年生で日向の二学年上のに出来る範囲など限られてはいたが、時間さえあれば練習に付き合ってやった。学年が2つ分離れているは部活引退をして受験勉強に打ち込まなければならないために時間が合わないことが多かったが、その中でも二人が練習行く内に親しい先輩と後輩としての関係は積み上げられていった。バレーボールを切っ掛けにそれ以外の事で二人が一緒に過ごすことが増えた。テスト期間が近づけば勉強が苦手な日向がにテスト勉強について尋ねたり、も受験勉強の一環として日向の勉強の面倒をみた。テスト勉強について日向は少しばかり決まりが悪そうにしていたが、その頃にはにとってはよく懐いてくれる可愛い後輩だと可愛がっていた。一人でも楽しそうにバレーボールをする日向の姿勢、楽しみながらも真摯に情熱を持って取り組む姿勢、技術はまだまだ伴わないものの一歩でも前に出て強くなって行こうと言う姿勢。そういった姿勢をは気に入り、応援していた。強靭な意志に、尊敬すら抱いていた。

「――、さん」

――だから、知らない。

水底に熱を孕ませるような鳶色の瞳も、バレーボールの感触しか知らないような手が意外と骨張っているのも、その手が壊れ物を扱うように繊細にに触れる手も。は知らなかった。熱っぽく見つめるその瞳の意味を理解できない程鈍感ではないが、受け止めるだけの余裕など持ち合わせてはいなかった。可愛がって大切にしていた後輩が剥き出しにした感情は自分が後輩に対して抱いていた感情のベクトルと違う愛情だ。煮えたぎるような熱を帯びた感情。それは決して冗談などではない。彼の本懐。は情けなく狼狽えてしまう。年上らしく彼に気を聞かせて振る舞う余裕などない程気が動転してしまっている。にとっては寝耳に水。何時もバレーボールを一途に練習していた彼から好意を寄せられてこのように迫られる事など考えもしていなかったのだ。
逃げ出したい心境とは裏腹に足は竦んでしまって動きそうもない。ただその目の前に突き付けられた感情に慄いた。恐怖と罪悪感で息苦しい。
そんなを、日向はただ見つめながら輪郭を愛撫する。彦星が織姫に長い間会うことが出来ず想いを募らせ焦がれるように、恍惚とした表情で舌舐めずりをする。それは何処か扇情的で、とろりと澱みを濃くしたその瞳は獰猛な鷹のようで、恐怖心が煽られる。背筋はぞくぞくと震えているが目の前の彼を退ける事は出来ない。
さん、さん、と譫言のように呟く彼は一体誰なのだろう。少なくとも今までが彼に感じていた¨可愛い後輩¨ではなくなってしまった。――それは、を真っ直ぐに慕うただの男だった。バレーボール一筋の少年がどこで女の扱いを覚えてきたのだろうかと思わせるぐらいの手つきで頬や唇を愛撫されて、は絶句する。
この状況から逃げ出してしまいたいという浅ましい考えが周囲へと視線を泳がせるが、ここは体育館の外の壁。入り口から離れて死角になった場所。入り口から離れているため、滅多に人は通らない。休憩時間になって体育館から出てきた日向に連れられてその死角までいくと壁際に追い込まれてしまったから余計に。

「ねぇ、さん」

爛々とした鳶色の瞳が俯きかけるを覗く。あの頃よりも長くなった彼女の髪を一束掴み、そっと耳に掛けると両頬を掴んで額を付き合わせる。息と息が混じり合うぐらいの近さには息を飲んだ。ただならぬ雰囲気に気押されながらもこれ以上踏み込まれまいと制止しようと彼の名を呼ぼうとするが、体が震えて息が詰まる。目頭が熱くなって、喉の奥が引き吊った。
ギラギラとした鳶色の瞳が蠱惑に揺れる。

「俺は何時までもかわいい後輩じゃない」
「ひ、なた……く……」
さん。俺ね、男なんだよ」

――俺のこと、もっと見て

切なげに眉根を寄せての唇を親指でなぞった日向は瞼を閉じ、唇をゆっくりと寄せる。
唇が、

「――休憩終わり!練習始めるぞー!」

体育館から聞こえた鶴の一声。
その声にはハッとする。
唇と唇が触れそうな位近づいた日向がピクリと止まった。体育館からは休憩終了の声を合図に気合いを入れ直す声が上がる。将ににとって、蜘蛛の糸が天から垂れて来たようだった。選手である日向は直ぐに練習に戻らなければならない。今はこれ以上追い詰められることはない。それがたとえ一時凌ぎであったとしても、普段と違う日向の行動に気が動転してしまったにとっては救いであった。何時もと違う日向に恐れを抱いてしまった今はこれ以上は居たたまれなかった。主将の掛け声にそっと肩を撫で下ろす。

「――さん」
「んっ……!」

蜘蛛の糸はふつりと切れる。
ぐっと後頭部に手を回されたと思ったらキスをされていた。日向はちゅうっとわざとらしくノイズリップを鳴らすと、唇を離し、自分の唇を舐めた。

「――さんがもっと俺の事を意識してくれるようにおまじない」

とろんと恍惚の表情を浮かべる日向に、固まってしまった。彼の相棒の影山飛雄が戻ってこない日向を探す声が聞こえる。
日向は見せ付けるように自分の唇をなぞると、練習に戻りますと口許を緩ませて小走りに駆けていく。
残されたはただ立ち尽くしていたが、無意識にキスされた唇をなぞっていた自分に気づき、へなへなと壁にもたれ掛かるように足元から崩れていく。
顔から火が出るように熱くなり、両手で顔を覆う。心臓の鼓動は五月蝿く暴れまわっている。熱を孕んだ鳶色の瞳、恍惚とした表情。知らない、知りたくなかった。可愛い後輩が、ただの男の人にしか見えなくてしまった。何時までも仲の良い先輩と後輩でいられれば良いと思っていたのだけで、心地好かった関係が音もなく崩れていく。
次に会う時、どんな顔で彼に会えば良いのだろうか。
あの熱っぽく見つめる日向の顔が忘れられそうもない。