約束もなく意味もなく彼の家の近くまで行き、ぼんやりと離れたところから眺めては何もせずに帰ることがよくあった。近くの公園から彼の家の方をぼんやりと眺めて時間を潰し、何事もなく帰る。
世間では私をストーカーだと揶揄するのかもしれないが、ストーカーっぽいだけでストーカーそのものではない。私は彼の彼女と言う立ち位置である。ただメンヘラだとかヤンデレだとか言われてしまえば否定はしがたいとは思う。
明言させてもらおう、妄想ではない。私は玉砕覚悟で彼に告白をして私の彼氏になる事を了承してくれたし、有難いことに私を好いてくれている。強豪校の部活で毎日忙しい中、小まめにメールや電話を掛けてくれたりして気遣ってくれる。たまにの休日だって私とよく会ってくれる。私には勿体無いぐらいの、彼。その彼の家の近くまで行っては会いもせず、何もせず、ただ黙って帰っていくのが私。ストーカーだなんて思われても仕方ないが、それでも私は彼に一言も告げずこうして近くの公園までやって来ては静かに帰るのが恒例になっている。勿論会う事が嫌だというわけではないが、ただ私はこの、端から見たら奇行とも言えるこの行為も好きだった。彼の知らないところで一人ひっそりと想いを巡らせる。じわり水底から滲む感覚が胸の奥底で心地を感じて、ただ彼を想うだけで胸が一杯になる。想いを共有しあう愛も好きだが、ひっそりと片想いをするように静かに一方的に愛を見つめる事も好きだった。毎日来てるわけではない。ふらふらと思い立った時、彼に酷く愛情を感じた時、私はこうして彼の家の近くまでやってくる。海の中にいた人魚姫が船の上の王子を見つめ想う気持ちはこんな感じだったのだろうか。温かい半面、胸の底がすっと冷え込んで痛む。それだけではなく、突き放されるような醒めていく感覚、剥がされていくような痛み。何とも形容しがたい不明瞭な感情。理解されなくていい、理解など必要としていない。
この痛みすらも彼への愛だ。胸一杯に沁みる。
役場のスピーカーから音楽が流れ始めて遊んでいた子ども達が魔法が溶けたように慌てて走り始める。燃える太陽がじりじりと西へ傾いていく。街灯が音もなく朧気な光を灯し始める。家路に向かう人々の足は早い。その人の中に紛れるように私も家路に向かって歩いていく。この密かなる愛を抱いて。彼も知らない私の彼への愛を抱いて。
「。今日も声掛けてくれないの?」
満足して帰ろうと背を向けた瞬間に掛けられたのは、少し草臥れた声はすがるようだった。まるで親を探す子どものように心許なさを感じる。ゆったりと近づいて来た彼は私の腹部に腕を回すと首筋に顔を埋める。飄々とした体のこそばゆさに身を捩るが、強い力で押さえつけられてしまう。スンと鼻を啜る彼から汗のすえたの匂いがした。体を包む彼の温かさが甘く苦い。
「……気づいてたの?」
「少し前に」
「そっか」
「来てたなら言ってくれればいいのに」
「頑張ってるのを邪魔したくなくてね。ストーカーみたいでごめんね」
「そんな事より俺は会いたかった。こうやって、ぎゅっとしての匂い嗅ぎたかった」
「へ、変態さんだ……」
「おあいこだろ」
毎回ストーカー紛いの事してたくせに。
そういって私の首筋に触れるようにキスをしていく。愛撫するようなそのキスに身悶えしていると、
、と彼が私の名前を呼ぶ。
互いに顔を見合わせれば、堰を切ったように笑い出す。どうしようもなくて、それでも、愛しい。
互いに想い合っているのに伝えきれていない気持ちがきゅっと心臓が締め上げて切なくて、寂しくて、愛しくて。
「高尾」
「名前で呼んでよ」
「……和成」
愛を潜ませて呼べば、体に巻き付いた腕の力が強くなる。
「何だか相手を愛するほど、寂しいんだよなぁ」
「……そうだね」
「」
「なぁに?」
「寂しかった」
「うん」
「……寂しくなかったの?」
「そりゃ寂しいよ」
「じゃあ、なんでさ」
「この寂しい痛みすらも、愛しいんだよ」
背後から腹部に回された彼の節くれだった手の上にそっと手を重ね、優しく撫でる。ひんやりと冷えた手は微かに震えていた。きゅっと彼の手を掴めば、乱暴に握り返された。
、と低くくぐもった声が私の名前を撫でる。私の顔を覗き込むようにこちらを見た瞳は光を曇らせていた。私を乞う瞳を私は愛しく思って口づけをすれば、体を向き直るように引っ張られ、寂しさを食らうように唇に噛みつかれた。
言葉で示すように、行動で示すように、そうやって愛を伝え、埋まらぬ寂しさを埋めようとする。
それが満たされる訳などないと知っていても。