正直な所、面倒なものを目撃したと思った。蹲るようにして泣いていた彼女を見つけたのはただの偶然。静かな場所で過ごしたかっただけで、やっと見つけた所に彼女がいた。泣いていた。石榴石のように目を真っ赤にして、泣き疲れぼんやりとしていた。壁に寄りかかった彼女はずずっと鼻を啜り、ぎゅっと目を瞑った。何かの悲しみを耐え凌ぐように険しく顔を歪めていた。
それを彼・荒北靖友は運悪く見つけてしまった。その教室の戸を開けてしまった荒北はそれは酷く後悔したが、どうしようもない。泣き疲れて虚ろな表情をした彼女はちらりと戸を開けた荒北を見たが、そのまま膝を抱え込んで顔を埋めた。ごめんなさいとくぐもった声で謝罪した彼女はそれきり黙ってしまった。嫌なところを見せたと言う荒北への謝罪であり、この沈黙は放っておいて構わないと言う意思なのだろう。
面倒くさいものに遭遇したと思っていた荒北だったが、放っておくほど彼は非道ではなかったし、髪をワシワシと掻いてため息を吐きながらも、彼女に近付いて隣に腰を下ろす。同じく膝を抱えて座った荒北に彼女はビックリした表情をして荒北を見る。
。
「チャン」
「……あ、ら、きた……く、ん」
「どうしたのォ?」
「……私、ふられ、ちゃった」
力なく自嘲した
に、少しだけ後悔する。普段凛としていた彼女が一体何が悲しくて泣いているのかと思えば、色恋と来た。はっきり言って拍子抜けだった。
「――前に、助けてもらったことがあってね。……小さな事だったんだけど。それが、嬉し、くて。……それから意識してたんだけど。……彼は、……たまたま助けた位で私の告白なんて……っ……つ、まらない、冗談言う、な、って……あり……えない…って」
「なンだよそれェッ!」
他人の色恋沙汰に首を突っ込んでも良いことはない。この場からどう切り抜けようと頭の片隅で考えていた荒北だが、思わぬ
の言葉にカッとなる。
いきなり怒鳴った荒北に
はびくりと驚いている。
「荒、北……くん?」
「そいつの名前はァ?」
「え?」
「え?っじゃネェよッ!人ッン気持ち勝手に冗談って決めつけて蔑ろにすン奴なんてぶん殴ってやるッ!」
単純に許せなかった。
の、人の気持ちは当然蔑ろにするものではないと思っているし、聞いていて不当な扱いを受けていた事に不愉快だった。腹立たしく、ぶん殴ってやりたいぐらいだった。
そんな苛立ちで顔を歪める荒北の一方で
はポカンと彼を見ているさっきまで泣いていた彼女は泣き止んで目をぱちくりとさせている。いきり立つ第三者と唖然とする当事者。無関係の他人が激怒する様子を見て、
は何だか可笑しくなって笑ってしまった。
「ふふっ」
「ア゛?何笑ってンだよ、チャン!!」
「――ありがとね、荒北くん。私、荒北くんのそういうとこ好きだなぁ」
やんわりとした心からの笑顔だった。
私の代わりに怒ってくれてありがとうととびきりの笑顔に荒北はもう何も言えなくなってしまった。ただただ、殺気立って起こっていた自分が恥ずかしくなってしまうぐらいに怒りが萎えてしまった。
「私、今度は荒北くんみたいな人を好きになりたいな」
ああ、そんなこと言うなよ、好きになッちまう。