挙動不審ではあるが、悪い子ではないのだろう。恥ずかしがり屋なのだろう。もじもじと尻込みする姿は見た目によらないと内心笑ってしまったものである。
お世辞にも良いとは言い難い目付きが彼の第一印象を暗くさせていた。自己紹介では落ち着きなく口をもたつかせて話していたので更に印象が悪くなった。ただ、その話振りを見て人慣れしていないことは誰の目にも明らかであったから単純に悪い奴ではないのだろうとは思う。裏を返せば、大人しくて少し情けない奴だとも思われる。現に、クラスメイトには遠巻きにされることが多かった。何時もクラスの自分の席に座ってバナナをかじっているようなやつである。根暗、というよりは変人だろうがどっちにしろあまり変わりはないかもしれない。

そいつは野球部に所属していると聞いた。チームプレーを重んじる野球部に彼のような人間が馴染めているのか、甚だ疑問である。未だに遠征で学校を公欠を取る事があるから退部するまでには至っていないようだが、教室での彼の物静かな様子を見る限り、いつ辞めても何ら不思議はない。正直なところレギュラーには見えない。

勉強はあまり得意ではないようだった。隣人のよしみで勉強を教えたりしていたのだが、頬を赤らめて落ち着かなさそうにおどおどと聞いていた。そういった態度は直ぐに相手から格下に見られるからもう少し堂々とするべきだと思うが、本人が知覚しない限りそういうものはどうしようもないものである。
肝心の学問であるが、一から丁寧に教えてやらないといけないから骨が折れる。面倒ではあるが、苦手なりに克服しようとする心構えがあるので、邪険にする気は起こらなかった。
ぎこちなくいつもありがとうというのも、悪い気もしない。

何が言いたいかというと、とどのつまり。私が思い描いていた隣人・轟雷市は少しばかり頼りない、冴えない男子だったということである。少なくとも、この大観衆が騒ぐ球場に来るまではそう思っていた。
ウグイス嬢が四番バッターに轟をコールした瞬間、吹き上がった。ダムが決壊したかのように溢れかえり反響する歓声が。誰もが期待をその声に乗せて沸き立っていた。
轟は高笑いをしながらバットを振るい、スタンドまでボールを放り込んだ。とんでもない、引いた。普段とのギャップがありすぎて、引いた。

けれども、そんなことは一瞬で吹き飛ばされてしまった。轟の普段のギャップの落差がありすぎて引いてしまったことなんて些末なことであった。ここに来る前は野球なんて一ミリも興味がなかったけれども、野球部ファンの友達に引きづられて来ただけだったけれども、あの一瞬がその考えを一蹴してしまった。早く帰りたいと不機嫌であったことも忘れてしまうぐらい、私は打ちのめされてしまった。180度景色が変わってしまった。開いた口がふさがらない。息を飲むのがやっとであった。
この試合を見て押さえきれない高揚感が競り上がってくるのだ。とんでもない大番狂わせなのだ。
心臓がどくりどくりと高鳴って、偶然捕まえてしまった轟のホームランボールを握り締める手が震える。
帽子の下でギラギラと光る瞳、熱量を押さえきれない瞳。負けまいと浮かべた好戦的な笑み。
思い出しただけでも胸が熱くなって、いてもたってもいられなくなる。

?」
「っ~~!」
「どうしたの??」
「ごめん!ちょっと、私、轟のところに行ってくる!」
「え?!っ!?」

試合が終われば、いてもたってもいられなかった。この気持ちがはやれはやれと突き動かすのだ。あのボールみたいに一直線に気持ちが飛んでいく。胸が締め付けられてたまらない。脳裏にあの姿が過って、焼き付いて、感情があの球場の歓声みたいに溢れてくる。
ああ、もう、好きになってしまった。
今、どこにいるのだろう。そういえばどこにいるかなんて知らなかった。

「えっ!?さん?!」
「ん?、さん……??」
「轟っ!!」

見つけた。

轟とピッチャーをしていた先輩だ。試合が終わった轟はクラスで見る轟と同じ、挙動不審な轟に戻っていた。顔を赤くして、もごもごと口を動かしている。それが可笑しかったのか、隣にいたピッチャーの真田先輩に肘で押されてからかわれている。
けれど、今の私には関係がないことだ。
もう気持ちが止まらないのだ。止まることを許さないのだ。
私の気持ちをただ真っ直ぐに告げるだけだ。
さっと早足で彼に近づいていく。

「っ!え、あっ!、さん!?」
「真田先輩っ!試合かっこよかったです!好きです!一目惚れしました!お友だちからでいいんで付き合ってください!」

「え!?」
「え!?」

ああ、マウンドでボールを投げてる姿もかっこいいけど、驚いた顔はかわいい。