眩い白。見渡す限りの白。病的なまでの白一色。
眩暈がしそうな真白の空間。膨張色と言われる割にこの空間は狭い。空間の境が判然としないこの部屋を歩き回ろうとすれば直ぐに壁にぶち当たり、凡そ4畳半もないのではないだろうかというぐらいの広さだ。加えてこの空間の高さが更にこの空間を狭くする。
「ッ~~~!!」
「俵、さん……大丈夫ですか?」
「うっ……頭……打った……」
筋骨隆々の彼のような者にとってはこの部屋はあまりにも天井が低すぎた。
立ち上がった瞬間に頭をぶつけて蹲るこの男・俵藤太にそっと寄り添って頭を擦る。
「いたいのいたいの、とんでけー」
「――
、殿」
「あ……ごめんなさい。痛そうだったのでつい……」
「いや、忝い。
殿のおかげで痛みが引いてきた」
一瞬身を固くした藤太に
は慌てて手を引っ込めようとするが、それを制止させられる。
その腕があっという間に
の背に回ると、彼に引き寄せられていく。
「た、俵さん」
「痛みが完全に引くまでもう少し撫でてほしい。頼む」
「そ、そ、そう……おっしゃるならば……」
へにゃり。
柔らかく毒気のない笑みを浮かべてそう言われてしまえば、
はもう何も言えなくなってしまった。
頭頂部から馬の尾のように垂れている翡翠の髪をぼんやりと眺めながら、それを壊れ物を扱うように撫でていく。肌触りのよい絹のような髪質。真っ直ぐで癖のないさらさらの綺麗な髪。
あのふわふわとした栗色の感触とは違うそれはまた違って見える。
あの人もこんな風に笑っていた。
「出口はいったいどこにあるのだろうな」
藤太の発した言葉に、
はつられるように改めて周りを見回してみた。
壁は白一色であるだけで、扉の形を連想させるものが見当たらない。扉があるならば取っ手などの凹凸があってわかりそうなものだが、壁のどこに触れても扉の取っ手らしきものも扉らしきものもない。まるで扉という概念がないとでも言いたいような空間だ。
「出口。見当たりませんね」
「うーむ。こう狭いと宝具で吹っ飛ばすにも吹っ飛ばせぬな」
「叩いてもびくともしませんからね」
「マスターからの魔力供給は感じるが、感じるだけでどうにも……」
「困りましたね……」
手詰まりだ。
手の施しようがない。
定番の壁に向かって体当たり作戦で打開しようにもこの空間は狭い。動き回れるほどのスペースもないここでは怪我をする。それに余白があってこそに選択肢であり、必然的に藤太が宝具を放つという案も不採用だ。彼が持っている武具の類も振り回すほどの空間がないから勿論使えない。
壁を押してみたところでびくともしなければ、叩いたところで変わりもあるはずない。
この空間には物という物がないため、それを駆使しながら脱出を試みるという選択肢もない。
皮肉にも
と藤太の力ではどうにもいかないということだけがわかった。
かといって外部の助けを呼ぼうにも連絡を取る手段がない。魔力を以てしても結界のように遮断されてしまっているためどうにもならない。
本当にお手上げ状態だ。
はそっと息を吐いた。狭い空間で藤太と二人きりだ。彼は普段から
を気にかけてくれるが、少しばかり居心地が悪い。
藤太をちらりと見やれば、壁にもたれ掛かって寛ぎ始めている。手立てがないと早々に諦めてしまったのだろうか。否、諦めざるを得ないのが現状ではある。恐らくどんと構えて待つことにしたのだろう。豪胆だ。
「俵さん、出口探しは?」
「見当たらぬものはどうしようもない。吾と
殿がいないのだからきっとマスターが探しに来てくれるさ」
「現状どうしようもないのでそうだといいですが」
「吾は
殿とこのまま2人っきりでもいいと思っているぞ」
「え?」
が驚いて藤太を凝視すれば、藤太は目を細めた。
彼の膝の上に座らせられる。
武骨な手が頬を丸く撫でてから首筋を通り、ゆっくりと下降していく。それに合わせて急激に
体の芯が冷めていくのを感じた。そのまま動けずにいるとその手が
の腹で止まり、再び弧を描くように撫でた。
「――共に生きられたならば君の薄い腹を丸くしたのになあ」
その声で聞きたくない言葉だった。
あれほどびくともしなかった白の空間が音を立てて崩壊し始めていく。
理由はわからないがいよいよ出られるのだと理解した。だがそれどころではない。
否、本当は彼の言葉で何となく悟ってしまった。
目の前に彼の顔が迫り、こつんと額同士がぶつかる。
「吾は
殿を愛しているよ」
目頭が熱くなっていく。感情がこの部屋とともにぼろぼろと剥がれ落ちていく。
聞きたくて聞きたくなかった言葉が鼓膜を揺らしたと同時に頭の中はあの人を探し始めている。