No.29

短編

審神者の独白


季節は生まれ変わり続け、貴方が居なくなった夏の終わりを今年も迎えました。
今年も相変わらず残暑の厳しい日々が続いています。軽い夏バテに苛まれたりして皆に心配をかけてしまいました。少しずつ夏が微睡み始めているというのに情けない話です。

この時期になると昼下がりの午後はとても曖昧で気が遠くなるような途方もない気持ちになります。砂漠の真ん中にポツリと佇むような、人気のない空間の死んだ空気の流れのような。荷物の臭いがする空き家を想像するとわかりやすいかもしれません。生活感があって誰かが住んでいた痕跡が見えるけれども誰もいない。あの死んでいる空間はどうにも恐ろしいものです。

夏は一番快活に見えるのに隅っこは冬の夜よりもどこか冷たいような寂しいような感覚がします。いつの間にかに聞こえなくなっていたことに気づく蝉の声、少しずつ眠る時間が長くなっていく夏。太陽が遠くなっていく。
華やかな夏の中に潜む鬱屈とした退廃が背筋をぞっとさせるのです。とても寒い、寒い。温かいはずなのにどこか寒い。


貴方とたった二人で紡ぎ始めたこの本丸も少しずつ仲間が増え賑やかになりました。それと同時にこの本丸が物静かであった時を思い出せなくなって来ています。
時折あなたと私が初めて鍛刀したあの子とお話しをします。あなたと一緒にいた頃の事を思い返そうと試みていますが少しずつ形を変えていってしまいます。記憶が少しずつ美化されていくのです。あなたと過ごした時間が少しずつ形を変えて綺麗な思い出として変わっていくのです。最初は意思疏通が上手く行っていなかったことも、わかり合えず言い合いをしたことも、忘れかけてあの子に言われて久々に思い出しました。それはきっと些末なことではあるけれども、私は愕然としてしまいました。記憶が形を変えてあなたの輪郭を曖昧にさせていくのです。あなたがいなくなったとき、一つたりとも忘れまいと決心していたのに私はすっかりと記憶を違えてしまったのです。最初から仲良くあなたと過ごしていたと思い込んでしまっていたのです。それはあなたをどんどん忘れていくようで恐ろしいです。


そんな私を励ましてくれるのは獅子王でした。覚えていますか、彼のこと。私達の本丸に初めて来てくれた太刀の獅子王です。今でもダメな私を励ましてくれます。本当にいい子です。私を気遣ってあなたが居た頃の話をよくしてくれます。先に獅子王と出会っていたら獅子王に恋していたかもしれませんね。たらればです。
新しく来た方達もとても頼もしい仲間です。
へし切長谷部は怖いぐらいに忠実ですが、審神者の私を先回りして手助けしてくれます。燭台切光忠は私が料理が得意でないことを察して上手く補助してくれます。今では食べ物を焦がすことも少なくなりました。
そういえば、あなたにはよく焦がして呆れられたものでしたね。自慢ではありませんが随分と上達しました。今では料理本を見ずとも簡単なものならば直ぐに作れます。皆おかわりしてくれます。昔では考えられないですね。
今、とても賑やかで毎日が心地好いです。

それでも、ふとした瞬間、浦島太郎の気持ちになるのです。温かくてぞっとするのです。私が好きな歌手がそんなことを歌っていましたが、こういう感覚なのかもしれません。あなたがいないと自覚した瞬間、どうしても突き放されたように寒くなるのです。
あなたを探してどうしようもなく語りかけたくなります。どうでもいいような事ばかりですが、ただあなたに聞いてほしいのです。恐ろしく穏やかなこの時間をあなたと過ごしたいのです。
私はあなたがいないことが寂しくてたまらないのです。いなくなるのはもう沢山だと鍛刀をすることが怖くなってしまって遠ざかっていました。皆が新しい仲間を連れてくるのをただひたすらに眺めていました。その中にあなたが戻ってきてくれるのではないかと期待してもいました。一方でそれはもうあなたではないのだからどうか来ないでほしいと願っていました。

またあなたを失うのが怖くてあなたを遠ざけようとしました。ごめんなさい。

けれども、もう止めようと思います。
会いたいのなら自分から会いに行くしかないのです。願うだけでは何も叶わない。私があなたへと会いに行くのです。
あの頃から私達と一緒にいたあの子は先日修行から帰ってきてくれました。今度は私の番です。私が一歩踏み出す番。今度は私の番です。あの子が強くなりました。私も今度は強くなって行こうと思います。


この手紙を書き終わったならば釜に入れて燃やしてしまいましょう。
そうすればきっと、あなたにこの想いが届く気がするのです。

「……新しい主?」

たとえ、現れたあなたが違うあなただったとしても。

「はじめまして、――様。この本丸の審神者です。これからもよろしくお願いします」


『夜明け前に』
18.03.19 加筆修正

No.29

back