No.42

短編

高校生の諸伏景光と同級生女子が夏祭りに行く話

 夏というだけで心焦がれ心躍るような感覚がするのは夏という言葉が持つイメージに夢を抱くからなのだろうか。
 シャアシャアと気づけば蝉が鳴きはじめている。突き抜けるような快晴、夏空。中天に浮かぶ太陽は燦々と。止めどなく体内から噴き出る汗、茹だるような暑さには辟易するものだが、どうしても嫌いになれない。
 期末テストが終了し、再開された部活動。いよいよ夏の大会に向けて各部活は熱が帯びていく。{name2}の所属する吹奏楽部も夏のコンクールに向けて練習が過熱する。夏季休暇に入ればコンクールのまでの間はほぼ毎日のように練習だろう。好きでやっていることだからそれ自体には問題はない。ないが、折角の夏季休暇であるから部活動だけではなく後で振り返ってみて楽しかったと満足できるような事を一つぐらいは体験したい。
 そうなると思い当たるのは――
「花火大会、行きたいなぁ……」
 ピロティに掲示された花火大会のお知らせポスター。ピロティを通る度に立ち止まって、紺碧の海に鮮やかに咲き誇る火の花の写真に釘付けになってしまう。親友と毎年観に行こうと出かけていたが、今年は一緒には行けない。親友は“幼馴染の研二くん”と遂に両想いになり、二人で花火大会デートだ。親友は花火大会に行くのは{name2}との恒例行事だから{name2}の方が優先と有り難い申し出もあったが、それまで定期的に彼女の恋の悩みを聞いていた手前、遂に想いが通じ合ったという事実を前に引き下がらずには居られなかった。彼女の想いが通じ、男女交際を始めると聞かされた時は自分のことのように歓喜し泣いてしまったぐらいだ。喜んで親友を送り出した。
 確かに毎年恒例行事であったから親友と一緒に行けないのは寂しい。とは言っても一人で行くには寂しいので今年は大人しく諦めるとするか。そう考えているその時であった。
「――お疲れ、{name1}」
「ひゃあぅっ!? つめたっ!?」
 ぼんやりとポスターを眺めていれば、背後から声を掛けられて、ぴとりと首筋に何か冷たいものを押し当てられて飛び上がる。持っていたトランペットを落としそうになり、慌てて抱え込んで死守すると勢い良く振り返った。振り向けば、ペットボトルを持ったクラスメイトの降谷零と諸伏景光が立っていて、きまりが悪そうな表情で頬を掻く。
「ふ、降谷くん!」
「あ……その、ごめん。少しだけ驚かせようと思っただけなんだ」
「びっくりした! びっくりしたよ!」
「ご、ごめん……{name1}さん」
「諸伏くんも気づいた時点で止めてほしかったよ……」
「う、うん……ごめん」
「……はぁ、落とさなくて良かった」
 息を吐き出すとシュンとした降谷と諸伏を見て、やれやれと息を吐く。降谷の手中のペットボトルを手に取ると、順番に二人の頬に引っ付ける。
「ひっ! つめた!?」
「お返し。これでチャラね。びっくりはしたけど怒ってないよ」
「っめたっ! そ、そうか……よかった」
 まさか仕返しされると思わなかったのか、驚いた表情を浮かべた降谷と諸伏に、にんまりと笑う。恥ずかしそうに口元を両手で覆う諸伏と気の抜けた炭酸水のようになった降谷。何だかそれが可笑しくて
クスクスと笑うと、二人も顔を見合わせて眉尻を下げて破顔する。
「降谷くんって意外と悪戯っ子なのね」
「悪かったって……」
「ははは……{name1}さん、それ見てたけど今度の花火大会行くの?」
 諸伏に言われて再びポスターを一瞥するが、首をふるふると振る。
「今年は行く人いないしいかないかな」
「……それなら、一緒に行かない?」
 思わぬ申し出に弾かれたように諸伏を見つめれば、やや緊張した面持ちで{name2}を見ていた。ゴクリと唾を飲み込んだ諸伏の普段の穏やかな雰囲気とはまた違う様子に驚いたものの、花火大会は気になっていたので有り難い申し出だ。一人で行く気にはならなかったが、降谷と諸伏が一緒ならば楽しめそうではある。二人とはクラスメイトの間柄であるし、時折会話もする。全く話したことのない相手という訳でもないから初対面というわけでもないため気まずくもないが、親友同士で約束しているならばぽっと出の人間が割って入るのも気が引ける。
「申し出は有り難いけど……諸伏くんは降谷くんと一緒に行くのでしょ? 私が入っていったらお邪魔じゃない?」
「全然邪魔じゃないよ!」
 食って掛かるように即答した諸伏に、{name2}は驚いて目を丸めると、彼はしハッとして赤面する。その後ろで降谷は腹を抱えて笑っている。確かに勢いのある即答のは驚いたがそこまで笑わなくとも。
 そこまで笑わなくていいだろと笑われた本人も抗議するが、くふふふっと腕に口元を押さえつけて笑いを堪らえようと必死だ。
「……ふふふ。俺は、気にしない。ふふっ、はぁ……俺達浴衣着て全力で楽しみたいから{name1}も浴衣着てきてくれるか」
「え? 零、そんなこと」
「ヒロが花火大会すごく楽しみにしているんだ」
「えーっと、雰囲気大事にしたいってこと?」
「そうそれ」
「お、おい、ゼロ。そんな勝手に」
「ヒロ、浴衣好きだろ?」
「……好き、だけどさ」
 オレの気持ちを考えてよと、ぼやく諸伏を横目に
{name2}は首を傾げる。一方の降谷は上機嫌なのでこの二人は仲がいいんだか悪いんだか。外野の名前が気にしたところで無意味であるのは明白ではあるが。
「? わかったけど、私その日も部活あるから途中から合流でもいい?」
「そうなのか。吹奏楽部、大変だな」
「上手くいかないこともあるけど、好きでやってるからそこまで大変じゃないよ」
 視線を抱えていたトランペットへ向け、表面を優しく撫でる。小学生の金管楽器中心の金管クラブでトランペットに出会ってからずっトランペットを吹いてきた。中学に上がってから両親にお願いして学業と両立することを条件にこのトランペットを買ってもらって以来の相棒。ソロパートがうまくいかなくて泣いた日も、楽しく演奏して笑った日も、この相棒にはいろんな思い出が詰まっている。
「……そういうとこもいいな」
「? 諸伏くん?」
「あ、いや! {name1}さん、毎日暑いから体調には気をつけてね」
「うん。ありがとう諸伏くん」
「よかったな、ヒロ」
 降谷が諸伏の背中を叩くと、思いの外力が強かったのか諸伏は大きく咳き込んだ。ぎょっとしたのは{name2}だけでなく叩いた本人も予想外だったのか、慌てて諸伏の背中を擦っている。一頻り咳き込んで落ち着いてきた諸伏は「ゼロ……」降谷をじとりと睨む。おやァと{name2}が雲行きを怪しんでいると、
珍しく平謝りな降谷に、珍しくご立腹な諸伏。やれやれ、仕方ない。
 トランペットを構えて大きく息を吸い込めば、二人はピタリと言い争いをやめて、{name2}を見る。戦々恐々とした表情を浮かべた男子高校生を見て、{name2}は笑う。
「喧嘩はメッ、だよ」
 固まった二人を置いて、{name2}は歩き出す。そろそろ他の楽器の部員達との合奏の時間だ。夏の新たな楽しみが出来たとほくそ笑んでいれば、諸伏が声をかけてくる。
「夏祭り、楽しみにしてる!」
 振り返ってみれば、ほのかに顔を上気させた諸伏がはにかんだ。


 * * *


 花火大会に誘われてから二週間。その間に修業式を迎え、夏季休暇に突入した。各部活動の活動は活発化し、熱を帯びる。夏の大会に向けて誰も彼もが情熱を注ぎ頑張っているんだと感じると、{name2}ももうひと頑張りしようと気合が入る。毎日朝早く登校しては下校時間限界まで練習して帰るの繰り返し、束の間の休日は宿題や花火大会に行くための前準備に費やした。光陰矢の如し。諸伏との約束をした花火大会の日をいよいよ迎えた。先生達も見回りがあるからと部活は想定よりも早く切り上げられ、普段は遅くまで自主練して帰宅する{name2}も明るい内に帰宅して浴衣に着替える準備をする。風呂場で身を清め、着付けを済ませると、軽く化粧をする。普段は日焼け止めぐらいしかしないけれど、あの恐ろしく美形のクラスメイトの隣に立つのならば最低限は身綺麗にしていたい。最後にキープメイクミストをすると、今度はヘアセットだ。難しいとヘアセットはできないが、動画サイトで見かけた簡単なシニヨンヘアにする。上手い具合にまとめ上げると、温めていたヘアアイロンで毛先を少し巻いた。最終チェックで顔を左右に傾けながら、メイクやヘアスタイルを確認すると、脱衣所を出て巾着袋にスマホとお財布とハンカチ、携帯用のウェットティッシュ、交通系ICカードを入れ、戸締まりをして会場へ向かう。
 秋は夕暮れ、とはいうけれど、夏の夕暮れもあの青と黄色が混じり合うグラデーションが美しい。斜陽が水平線を煌々と燃え上がらせ、これから始まる夜を祝福するようだ。
 花火大会の会場の最寄り駅は沢山の人が集まり、既にごった返している。祭りの気配に浮き足立った人々の心を映す鏡のように賑わいを見せている。この中から諸伏と降谷の二人と合流できるのだろうかと不安になるが、そういえば部活が早く切り上げになったことを連絡していなかった。慌ててスマホを取り出して先日教えてもらった諸伏のメッセージアプリのページを開く。
「――{name1}、さん?」
「――あ、うん。諸伏くんこんばんは。今日は早く終わったの」
 振り返れば、驚いた表情を浮かべた諸伏が立っていた。緑青の浴衣を着ていて、普段とはまた違う雰囲気。落ち着いた風合いの浴衣が良く似合っている。かっこいいなァ。
「かわいい」
「ありがとう、この浴衣一目惚れだったの」
 白地に紫、紫に近しい青の花が散りばめられたら浴衣。紺の帯。事前に見立ててくれた親友は大人しすぎないかと小首を傾げていたが、寧ろ大人っぽい雰囲気が気に入った。諸伏のにもお墨付きをいただきたいので褒められて悪い気などしない。
「{name1}さん。すごく、かわいいよ」
 諸伏はふわりと花笑みを浮かべる。あまりにもきれいに笑うものだから、{name2}は息を呑んでしまう。眉目秀麗とはこのことか。そわそわと浮ついた心を鎮めるために別の話をする。
「そういえば、降谷くんとは一緒に来なかったの?」
 ぱっと華やかな笑みを浮かべていたかと思えば、すっと波のように引いていき、眉尻を下げた表情が浮かぶ。
「――零は他のやつと行くことになって、俺と{name1}さんの二人だけ」
「そうなんだ」
「……零と一緒がよかった?」
「三人で楽しめたらと思ったけど、人それぞれだからね。諸伏くんこそ、降谷くんとニコイチみたいな感じだったから私と二人で良かったの?」
「……なるほど。君はそういう考えか」
 ふむ、と顎に手を当てて思案するような素振りを見せた諸伏。先ほどとは打って変わって口元を綻ばせている。
「諸伏くん?」
「今日は{name1}さんと一緒がいい」
「う、うん。ありがと」
 何だか胸の奥がキュウする。もしや、と脳裏を過るがすぐのその思考は打ち消した。諸伏は穏やかで誰にでも優しいから、隣の席になって少し会話するような間柄の{name2}にも優しくしてくれるだけだ。ただの厚意に好意を向けるのは自惚れだ。勘違いしてはいけない。
「諸伏くん、折角だから露店見て回ってみない?」
「うん、そうしようか」
 ゆっくりと並んで歩き始める。花火大会と言えばメインは当然花火であるが、露店も楽しみの一つである。ずらりと並ぶ露店には食品を取り扱った店が多い。たこ焼きややきそば、フルーツ飴、ベビーカステラ、牛串、かき氷。どれも美味しそうに見える。芳ばしい匂いが辺りの一面に漂ってきていて食欲を唆る。食品以外では定番のお面屋や金魚すくい、ヨーヨー釣り、射的などが楽しめるようだ。
「ちょっとそこのお兄さん。射的やってみない?」
「オレ?」
 射的屋の親父が諸伏に声を掛け、立ち止まる。パイプ椅子に座ってすっかり寛いでいた親父がちょいちょいと手招きするのを見て互いに顔を見合わせえう。
「彼女に射撃でかっこいいとこ見せちゃおうよ」
「やります」
「諸伏くん?! いえ、あの、私、彼女じゃ……」
「そうこなくちゃ!」
 {name2}を蚊帳の外にしてトントン拍子に話が進められていく。諸伏は店主の親父から射的用の銃を受け取り何やらヒソヒソと話している。時折{name2}の方を一瞥して頷いている様子を見て、居心地の悪さを感じるが、話し終えた諸伏は「頑張れよ」と親父に背中をパンと叩かれている。デジャヴだ。
「{name1}さん、どれが欲しい?」
「え、諸伏くんの欲しいもの優先しなよ」
「オレは射的やりたいだけだから」
「そうなの?」
「うん。だから好きなの選んで」
「兄ちゃん気張れよー、ここが男の見せ所だぜ」
「うん、おじさんありがとう」
 Tシャツの袖を捲って力瘤を見せ、そこをパンと叩く親父。それに呼応して諸伏も浴衣の袖を捲り、意外とガッチリとした腕をパンと叩いて笑い合っている。夏の夜の奇妙な友情。{name2}は楽しそうでいいなと眺めていると振り返った諸伏とバチリと視線が絡み合い、彼はクシャリと無邪気に笑う。トクン、と揺れる心臓を誤魔化すように胸元を両手を添える。
「{name1}さん、何がいいか決まった?」
「えっと……それじゃあ、あの子がいい」
「へぇ、ぷりんくん好きなの?」
「うん、かわいくて癒されるから好き」
 犬のキャラクターの名前が書いてある的を見て、諸伏が銃を構える。銃を構えるその姿に、思わずスマホを取り出して写真を撮ると、撮られたことに気づいて少しはにかんだ。
「どうしたのいきなり?」
「今日の記念に。後で送るね」
「ええ? 自分のカッコつけてる写真は恥ずかしいな」
「いいじゃん。構えた姿がスナイパーみたいでかっこいいよ」
「え……ほんと? 絶対にぷりんちゃん取るね」
「おーい、仲良しなのは微笑ましいけどおじさんを忘れないで」
「おじさんも諸伏くんと一緒に写真どうですか?」
「え? いいの?」
 くすりと笑ってカメラを構えると店の親父と一緒にピースサインを取る諸伏。写真を撮って見せると、二人は嬉しそうによく撮れてるという。
「絶対に取らないとね」
 再び銃を構え直した諸伏の横顔は真剣そのもの。先程までの穏やかな雰囲気とは打って変わって声を掛けられずに{name2}はそのまま押し黙る。店の親父も固唾を呑んで見守る。決着は一瞬だ。諸伏が引き金を引いた瞬間、弾はきれいに的に当たり、地面に落ちる。一発だ。凄腕のスナイパーのように見事の命中させた。
「す、すごい! 一発で当たった!?」
「やるじゃねぇか! 兄ちゃん!」
「ふふふ。オレ、射的結構得意なんだよね」
 得意げな表情で店の親父から景品のキャラクターのぬいぐるみを受け取る諸伏に{name2}はいたく感心し、尊敬の念を持って目を輝かせる。諸伏が差し出してきたぬいぐるみを見て、ハッとしてスマホを取り出すとすぐに写真を撮った。うん、かわいい。
「{name1}さん、写真じゃなくて受け取ってよ」
「ごめんね。つい撮らなきゃと思ったら……本当にいいの?」
「{name1}さんのために取ったんだからもらってくれたほうが嬉しい」
「ありがとう。大切にするね」
 諸伏からぬいぐるみを受け取り、ぎゅうと抱え込む。自分のために頑張って取ってくれたのかと思うとつい口元が綻んでしまう。肌触りの良いぬいぐるみのお腹を撫でているとパシャリと機械の音。ちらりと音のした方を見れば、もう一度シャッター音が下ろされる。今度は諸伏が{name2}の写真を撮ったようだ。
「? 私の写真撮ってもなんも面白味もないよ?」
「オレも今日の記念に撮りたいなと思って、ダメだった?」
「別にいいけど……」
「よかった。……おじさん、ありがとね」
「おう、楽しんでな!」
「行こう、{name1}さん。お腹減っちゃった」
 射的屋の親父に別れを告げ、{name2}と諸伏は再び露店巡りを再開する。日が暮れていくにつれて会場付近には沢山の人達が集まっているのか、歩くのもやっとである。押し合いへし合いの様相を呈した状況に、{name2}は一生懸命逸れないように諸伏の浴衣の袖を控え目に掴めば、ぱっと諸伏が{name2}の方を見た。
「も、諸伏くん……」
「{name1}さん、触れていい?」
「え?」
「手、触れていいですか?」
「う、うん」
「ごめんね、失礼します」
 まるで壊れ物にでも触れるかのように、手を優しく掴まれて、そっと引き寄せられる。男の子と手を繋ぐのは初めてだ。小さい頃に遠足で同じ班の子と手を繋いだとかそういう類いはまた別だ。自分よりも大きくてゴツゴツと骨張った、男の人の手。指先が触れ合って熱い。離れないようにと絡まる大きな手にどきりとして心臓が忙しない。この手を放したくないと握り返すとピクリと揺れが伝わってきた。
 途中の屋台でたこ焼きや焼きそば、かき氷を買って高台の公園に足を運ぶ。日もとっぷりと暮れ、公園は静寂に包まれている。人がぽつりぽつりといるが、閑静な住宅街を抜けた先にある高台であるからか、意外にもその存在は認知されていないらしい。東屋のベンチに腰を下ろせば、タイミングよく花火が夜空に長い尾を引いて昇っていく。パアンと花が開く。華やかに煌めいてパラパラと散っていく。間髪入れずに次弾が打ち上げられ、次々と夜空に花開いていく。喧騒は遠く、花火も少し遠いが濃紺の夜空によく木霊するため、その余韻がどこか心地良い。暫く二人は無言のまま眺めていたが、かき氷が溶け始めているのに気付き、慌てて食べ始めるとキーンとして二人してこめかみを抑えた。あまりにもシンクロした一連の流れに互いに顔を見合わせて破顔一笑した。
「――きれいだ」
「本当にきれいだね」
「今日の{name1}さんも」
「っ……」
「ほんとはね、零も一緒に来るはずだったんだけど、二人きりで行ってこいって気を遣わせちゃったんだ」
「そう、なんだ……」
 動揺が隠せずに視線を膝の上に落とせば、「触れるね」と両手を包むように握られ、視線が再び諸伏の方へと向かされる。射抜かれるような視線に目を逸らすことができない。ああ、焦がされていく。
「――ねえ。オレ、{name1}さんのこと、好きだよ」
 全身の細胞が震え上がり、熱を帯びていく。
「オレの、側にいて下さい」
 花火が次々と咲いて眩しい筈なのに、目の前の男の人が一番輝いて見える。
 ――私の、好きな人
 目の奥に灯る恋慕に気がつけば、内に秘めていた熱情は暴かれていく。彼の手から指先から彼の熱が伝わって、{name2}の内側から焦がしていくようだった。
 この人の厚意を好意と混同させて困らせてはいけないと思っていた。席が近くなり話すようになり、近しい間柄になった頃、この感情を自覚する前に牽制され、釘を差されてきた。彼を慕う彼女たちの希う気持ちは今となっては身に沁みる。立場が違えば自分がそうだったかもしれない。それでも、望まれるならば、目の前のこの人を幸せにしたいと思うのだ。
 するりと手を振り解き、今度は{name2}が諸伏の両手を包み込むようにして握る。
「私でいいのかな?」
「{name1}さんがいい」
「私、部活で手一杯になるかもしれないけど?」
「大丈夫。オレ、{name1}さんが自主練してるの聴くの好きだったから!」
「え、聴いてたの? 知らなかった」
「あ」
 しまったと咄嗟に口元を押さえた諸伏を見て、{name2}は呆気に取られたがクスクスと笑う。優しく詰問すれば、恥ずかしそうに顔を両手で覆う。{name2}の練習の邪魔になると嫌だったから知られたくなかったらしい。情感豊かに歌う{name2}のトランペットの音色に心打たれてからひっそりと耳を傾けていたと白状した。{name2}は諸伏のこういった思いやりを好ましく思っていて、彼の美徳であると思う。{name2}の好きになった男の良いところだ。
 {name2}は諸伏の両手を取って目を覗き込むと、優しく語りかける。
 愛を、歌うように。
「諸伏くん」
「なあに?」
「私も諸伏くんのこと好きだよ」

 色とりどりの花火が夜空に花開く。
 まるで二人の愛を祝福するように。

25.07.22 初出 『きみの名を、灯すように』

No.42

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