DC夢 / 松田妹主と降谷がポアロで再会する(*以前書いてた夢主設定を見直して書いてるため、以前の夢主設定と異なります)========================================= 手を浸したくなるような涼やかな青空。快晴。休日をより楽しむにはやはり天気の一つや二つ良くなければと上機嫌で街並みを歩いていく。陽だまりの心地よい季節になった。日用品買い出しをして昼下がり。昼食時を迎えた街中は飲食店からの食欲をそそる匂いで満たされている。買い物を終えた忍も正午を過ぎて空腹を刺激され始めていた。今日は何を食べようかと周囲を見回しては目移りする。陽気な外国人オーナーが作るインドカレー屋、ラーメン店の熱々のラーメン、ベーカリーから漂う焼きたてのパンの匂い。どれも彼もが心地よく、空腹を更に刺激する。昼時の混雑からは落ち着いているものの、まだまだ混雑している店舗も多い。どうしたものだろうかとなと歩いていると、一件の喫茶店が目に入り、歩みを止める。「最近入ったあの喫茶店の店員さんイケメンなのよ。それだけじゃなくて食事も美味しいからぜひ行ってみて。ハムサンドがすごく美味しいの」 ふと職場の先輩が話していたことを思い出した。その話を聞き、近くに用がある時にでも寄ってみようと思っていた店だ。確かこの喫茶店だったか。看板を見つけ、近づいてみると”喫茶 ポアロ”の文字。外観は表参道やらのお洒落なカフェというよりは、純喫茶寄りのレトロな部類に入るだろう。お洒落なカフェも魅力的ではあるが、気後れしてしまい逆に落ち着かない。忍個人としてはこのポアロのような親しみやすい憩いの場としての喫茶店の方が好みである。このポアロは小規模な雑居ビルの一階に入っており、その一階がこの喫茶ポアロになっており、二階は探偵事務所――よくよく見れば、眠りの小五郎で一躍有名となった毛利小五郎の名前が大体的に窓ガラスに貼られている――という構成になっている。 毛利小五郎と言えば、難事件を解決し、その事件解決の姿があたかも眠っているような姿なので、付いたあだ名が眠りの小五郎。最近よく耳にするようになった名前であるから忍も聞いたことはあったが、こんな所に毛利小五郎の事務所があるとは思っていなかった。事務所の方を見上げて、へぇと感心していると、丁度二階事務所に通じる階段から眼鏡をかけた子どもが降りてきて、鉢合わせる。青いジャケットに白いシャツ、赤い蝶ネクタイ。ぱちくりとした目が可愛らしい。毛利探偵のご子息だろうか。視線が合い少年は小首を傾げる。兄の幼少期の写真もこのくらいの頃があってかわいかったなと自然と心が和む。「? お姉さん、小五郎のおじさんに何か御用ですか?」「ううん。私はこちらの喫茶店の方に。毛利探偵の名前は聞いたことあるけど、事務所ってこんなところにあるんだ、って少し感心してただけなの」「なーんだ。そーだったの。僕も今からポアロでご飯食べようと思ってたんだ。ポアロのごはん美味しいからおすすめだよ」「そうなんだね。私の職場の先輩もポアロのごはん美味しいって言ってたから、ずっと気になっていたの。近くに来たから今日は来れて良かったよ」 にこりと笑うと忍につられて少年も笑って、ハムサンドとか美味しいんだよと教えてくれる。 江戸川コナンというらしいその少年は毛利小五郎とその娘・毛利蘭の父子家族――正確には奥さんは別居中だそうだ――の下に居候しているらしい。家庭事情はそれぞれではあるが、まだ幼い子が人様のお家に預けられるとはのっぴきならない事情があるのだろう。江戸川は小学一年生だという。まだ入学して一年目で両親がおらず心細いだろうに。小学生の身で人様の家に預けられるなんて大変な人生だと呟くと彼は苦笑いしていた。心なしか哀愁が漂っている。小学生にしては達観し過ぎではないか……?「いらっしゃいませ、コナン君。おや……はじめまして」「こんにちは安室の兄ちゃん。丁度お店の前で鉢合わせした……えっと?」「――……あ。ごめんね、コナン君。そういえば名前名乗っていなかったね。私は松田。松田忍です。安室? さんも初めまして」 目の前に現れた金糸の髪の男に目が釘付けになっていると、江戸川はおよそ普通の小学生が向けないであろう胡乱な目を忍に向けた。忍が突如として目の前に現れた眉目秀麗な男に目を奪われていたとでも思ったのだろう。傍から見ればそう見えたやもしれぬ。「ダイジョウブ? 忍さん?」「ええ。噂で聞いてたけど、本当にイケメンさんなんだなって驚いてしまって」 しどろもどろに答える忍に、最早一目惚れしたなと呆れ顔の江戸川の顔。だが、忍の心中は別の意味で穏やかではなかった。脳裏を埋め尽くす疑問。何故、Why? で埋め尽くされている。 ――夢でも見ているのだろうか? ぱちぱちと瞬きをする。まさか音信不通となっていた兄の友人が喫茶店で働いているなんて夢にも思わない。 「どういう事だってばよ……?」と脳内で昔読んだ漫画のキャラクターが首を傾げている。「安室さん。忍さん、職場の先輩からポアロのこと聞いて来てみたんだって」「あ、はい。ハムサンド美味しいと聞いたので食べたいのですが……」「そうでしたか。準備しますのでぜひ食べて行ってくださいね」 安室はにっこりと笑みを浮かべて、忍と江戸川を案内する。あまりにも惚けているように見えたのか、忍の姿を見かねた江戸川が心配して相席するかと尋ねられて、そこで気を遣わせてしまったと忍は我に返る。大丈夫だと凪いだ声で告げれば、意外そうな顔をした江戸川は後ろ髪引かれるように忍の方を見ていたが、カウンター席に座って女性の店員に注文を始めていた。 忍は案内された店内奥のテーブル席に座ると、おしぼりとお冷やを渡される。ありがとうございますと視線を向ければ、安室はにこりと笑みを浮かべて、メニュー表を開いて手渡して、お決まりの頃にお伺いしますと去って行った。その後ろ姿を暫くじっと見つめていたが、渡されたメニュー表に視線を落とす。 江戸川に”安室”と呼ばれていた男はかつて忍の兄・陣平とその幼馴染の萩原研二が紹介してくれた警察学校の同期の男である。その時紹介された名は降谷零と名乗っていた。陣平と萩原が休日になると忍と会い、同期を紹介していたため、降谷と忍は互いに顔見知りだ。当時学生だった忍は降谷に勉強を教えてもらったりしたし、陣平達と共に食事に行ったり、遊びに行ったりと交流をしていた。彼らが警察学校を卒業後警察官となり、暫くすると降谷と諸伏景光という男とは音信不通となる。警察を辞めたと聞いたりもしたが、志の高い彼らが警察官を辞することがあるのだろうかと腑に落ちず、釈然としない思いを抱えて過ごしてきた。その間に幼馴染の萩原研二、兄・松田陣平、その同期で面倒見の良いもう一人の兄貴分的存在の伊達航、一人ずつ目の前から居なくなっていった時には、考えたくもなかったが、音信不通となった降谷と諸伏の生存を不安視し、流石に堪えた。 ――けれども、こうして零くんは生きていた。 純粋に嬉しかった。何故安室と名乗っている理由がわからないが、ただ生きていると知っただけで少し声が震えて涙が出そうだった。「忍、さん」「あ、むろ、サン」 いつの間にか目の前に立っていた彼に、ハッとする。決まりましたかと凪いだ青い瞳を見て、鼻の奥がツンとしたが、努めて笑みを浮かべる。あまり考えたくはないが、きっと、警察を辞したと噂を聞いたことがあったが、彼は今でも警察の仕事をしていて、その仕事は公安警察なのだろう。潜入捜査官。この喫茶店がコンセプトカフェ的な要素があり、店内限定のあだ名が”安室”であるといった気の抜けるような理由だったならばどんなに良かっただろう。「――えっと、ハムサンドとケーキセット。ケーキはショートケーキ、飲み物はカフェオレでお願いします」「お飲み物は何時お持ちしますか?」「ハムサンドと一緒にください」「畏まりました」 テキパキと注文を取るその横顔を眺め、メニュー表を返す。久しぶりの再会が名残惜しいが、忍と再会した瞬間、彼は初対面を装った。咄嗟に話を合わせたのだが、彼にとっては忍が知人ではないほうが好都合なのだろう。混乱していて気が回らなかったが、これ以上は踏み入れるべきではないだろう。「……忍。元気そうでよかった」 メニュー表を渡した瞬間、忍だけに聞こえる声で彼は呟いた。そして降谷は何事もなかったように、歩を進め、カウンターへと戻っていく。震える心を落ち着けるために、おしぼりを広げ、ぽふっと顔に当てる。冷めてしまったおしぼりで顔を軽く拭うように。そうでなければきっと泣いてしまいそうだった。「忍さん?」 気づかわし気に近づいて来た江戸川に、おしぼりを退けて微笑む。何でもないよと言えば、目を見開いたが、それ以上は何も言わなかった。「ねえ、コナン君。やっぱり一人だと寂しいから相席してくれない?」「えー?」「コナン君が今食べてる代金は私が払うから」 そうのんびりとした口調で提案すれば、仕方ないなあといった風に自分の席へと戻っていって、カウンターで作業をしている降谷と女性の店員に何やら声をかけて始めた。彼らがちらりと忍の方をを見た時に、忍はドキリとしたが「忍さんこっち」と江戸川が手招きをしてから彼の隣のイスを引いてくれた。何だか彼らの仲間に入れてもらえたように特別嬉しくなって心の底からふにゃりと笑えば、彼らは目を丸くつつも、同じように笑みを浮かべてくれた。 荷物を持って江戸川の隣に座り、注文したハムサンドとケーキセットが来るまでの間、アイスコーヒーを飲みながら学校の宿題を解くコナン君を横目に、店内を眺める。店内はカウンター席とテーブル席があり、道路側の大窓から外光が入るため、一定の明るさがある。田舎とまでは行かないがのんびりとした雰囲気が漂い、皆が思い思いの時間を過ごしている。常連らしき高齢の女性はうとうとと微睡んでいる。少し離れたテーブルには女子高校生だろうか。女学生達はお喋りに夢中になっており、ちらちらとカウンターで作業する安室を見てはかっこいいと盛り上がっている。常連らしき中年の男性はちらりと一瞥したが、いつものことかと言わんばかりにコーヒーを啜り、経済新聞を眺めている。まるで木漏れ日のような場所。「よい喫茶店ですね」 この空間は降谷にとって仮初の居場所かもしれないが、危険な仕事に身を投じているであろう彼が束の間の安寧に触れる場所として、傷ついた身体を休める居場所として、この喫茶店が拠り所のなってくれているといいなと祈らずには居られない。「ええ。僕もお気に入りの場所なんです」 穏やかな三日月型の瞳が、お待たせしましたとハムサンドとカフェオレを持ってくる。これが噂のハムサンドかと感心していると、ぐうと腹の虫が主張し始めて、パッと腹部を押さえる。ニヤリと隣で笑う気配がしたが黙殺する。近くにいた降谷と女性の店員の耳にも届いたようで彼らも笑っている。きまりが悪く恥ずかしくなって、いただきますと少し大きな声で魔法を唱えれば、召し上がれと楽しそうな声が響いた。25.05.17 『スズランを、あなたに』 初出 その他 2025/05/20(Tue) 17:31:05
(*以前書いてた夢主設定を見直して書いてるため、以前の夢主設定と異なります)
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手を浸したくなるような涼やかな青空。快晴。休日をより楽しむにはやはり天気の一つや二つ良くなければと上機嫌で街並みを歩いていく。陽だまりの心地よい季節になった。日用品買い出しをして昼下がり。昼食時を迎えた街中は飲食店からの食欲をそそる匂いで満たされている。買い物を終えた忍も正午を過ぎて空腹を刺激され始めていた。今日は何を食べようかと周囲を見回しては目移りする。陽気な外国人オーナーが作るインドカレー屋、ラーメン店の熱々のラーメン、ベーカリーから漂う焼きたてのパンの匂い。どれも彼もが心地よく、空腹を更に刺激する。昼時の混雑からは落ち着いているものの、まだまだ混雑している店舗も多い。どうしたものだろうかとなと歩いていると、一件の喫茶店が目に入り、歩みを止める。
「最近入ったあの喫茶店の店員さんイケメンなのよ。それだけじゃなくて食事も美味しいからぜひ行ってみて。ハムサンドがすごく美味しいの」
ふと職場の先輩が話していたことを思い出した。その話を聞き、近くに用がある時にでも寄ってみようと思っていた店だ。確かこの喫茶店だったか。看板を見つけ、近づいてみると”喫茶 ポアロ”の文字。外観は表参道やらのお洒落なカフェというよりは、純喫茶寄りのレトロな部類に入るだろう。お洒落なカフェも魅力的ではあるが、気後れしてしまい逆に落ち着かない。忍個人としてはこのポアロのような親しみやすい憩いの場としての喫茶店の方が好みである。このポアロは小規模な雑居ビルの一階に入っており、その一階がこの喫茶ポアロになっており、二階は探偵事務所――よくよく見れば、眠りの小五郎で一躍有名となった毛利小五郎の名前が大体的に窓ガラスに貼られている――という構成になっている。
毛利小五郎と言えば、難事件を解決し、その事件解決の姿があたかも眠っているような姿なので、付いたあだ名が眠りの小五郎。最近よく耳にするようになった名前であるから忍も聞いたことはあったが、こんな所に毛利小五郎の事務所があるとは思っていなかった。事務所の方を見上げて、へぇと感心していると、丁度二階事務所に通じる階段から眼鏡をかけた子どもが降りてきて、鉢合わせる。青いジャケットに白いシャツ、赤い蝶ネクタイ。ぱちくりとした目が可愛らしい。毛利探偵のご子息だろうか。視線が合い少年は小首を傾げる。兄の幼少期の写真もこのくらいの頃があってかわいかったなと自然と心が和む。
「? お姉さん、小五郎のおじさんに何か御用ですか?」
「ううん。私はこちらの喫茶店の方に。毛利探偵の名前は聞いたことあるけど、事務所ってこんなところにあるんだ、って少し感心してただけなの」
「なーんだ。そーだったの。僕も今からポアロでご飯食べようと思ってたんだ。ポアロのごはん美味しいからおすすめだよ」
「そうなんだね。私の職場の先輩もポアロのごはん美味しいって言ってたから、ずっと気になっていたの。近くに来たから今日は来れて良かったよ」
にこりと笑うと忍につられて少年も笑って、ハムサンドとか美味しいんだよと教えてくれる。
江戸川コナンというらしいその少年は毛利小五郎とその娘・毛利蘭の父子家族――正確には奥さんは別居中だそうだ――の下に居候しているらしい。家庭事情はそれぞれではあるが、まだ幼い子が人様のお家に預けられるとはのっぴきならない事情があるのだろう。江戸川は小学一年生だという。まだ入学して一年目で両親がおらず心細いだろうに。小学生の身で人様の家に預けられるなんて大変な人生だと呟くと彼は苦笑いしていた。心なしか哀愁が漂っている。小学生にしては達観し過ぎではないか……?
「いらっしゃいませ、コナン君。おや……はじめまして」
「こんにちは安室の兄ちゃん。丁度お店の前で鉢合わせした……えっと?」
「――……あ。ごめんね、コナン君。そういえば名前名乗っていなかったね。私は松田。松田忍です。安室? さんも初めまして」
目の前に現れた金糸の髪の男に目が釘付けになっていると、江戸川はおよそ普通の小学生が向けないであろう胡乱な目を忍に向けた。忍が突如として目の前に現れた眉目秀麗な男に目を奪われていたとでも思ったのだろう。傍から見ればそう見えたやもしれぬ。
「ダイジョウブ? 忍さん?」
「ええ。噂で聞いてたけど、本当にイケメンさんなんだなって驚いてしまって」
しどろもどろに答える忍に、最早一目惚れしたなと呆れ顔の江戸川の顔。だが、忍の心中は別の意味で穏やかではなかった。脳裏を埋め尽くす疑問。何故、Why? で埋め尽くされている。
――夢でも見ているのだろうか?
ぱちぱちと瞬きをする。まさか音信不通となっていた兄の友人が喫茶店で働いているなんて夢にも思わない。
「どういう事だってばよ……?」と脳内で昔読んだ漫画のキャラクターが首を傾げている。
「安室さん。忍さん、職場の先輩からポアロのこと聞いて来てみたんだって」
「あ、はい。ハムサンド美味しいと聞いたので食べたいのですが……」
「そうでしたか。準備しますのでぜひ食べて行ってくださいね」
安室はにっこりと笑みを浮かべて、忍と江戸川を案内する。あまりにも惚けているように見えたのか、忍の姿を見かねた江戸川が心配して相席するかと尋ねられて、そこで気を遣わせてしまったと忍は我に返る。大丈夫だと凪いだ声で告げれば、意外そうな顔をした江戸川は後ろ髪引かれるように忍の方を見ていたが、カウンター席に座って女性の店員に注文を始めていた。
忍は案内された店内奥のテーブル席に座ると、おしぼりとお冷やを渡される。ありがとうございますと視線を向ければ、安室はにこりと笑みを浮かべて、メニュー表を開いて手渡して、お決まりの頃にお伺いしますと去って行った。
その後ろ姿を暫くじっと見つめていたが、渡されたメニュー表に視線を落とす。
江戸川に”安室”と呼ばれていた男はかつて忍の兄・陣平とその幼馴染の萩原研二が紹介してくれた警察学校の同期の男である。その時紹介された名は降谷零と名乗っていた。陣平と萩原が休日になると忍と会い、同期を紹介していたため、降谷と忍は互いに顔見知りだ。当時学生だった忍は降谷に勉強を教えてもらったりしたし、陣平達と共に食事に行ったり、遊びに行ったりと交流をしていた。彼らが警察学校を卒業後警察官となり、暫くすると降谷と諸伏景光という男とは音信不通となる。警察を辞めたと聞いたりもしたが、志の高い彼らが警察官を辞することがあるのだろうかと腑に落ちず、釈然としない思いを抱えて過ごしてきた。その間に幼馴染の萩原研二、兄・松田陣平、その同期で面倒見の良いもう一人の兄貴分的存在の伊達航、一人ずつ目の前から居なくなっていった時には、考えたくもなかったが、音信不通となった降谷と諸伏の生存を不安視し、流石に堪えた。
――けれども、こうして零くんは生きていた。
純粋に嬉しかった。何故安室と名乗っている理由がわからないが、ただ生きていると知っただけで少し声が震えて涙が出そうだった。
「忍、さん」
「あ、むろ、サン」
いつの間にか目の前に立っていた彼に、ハッとする。決まりましたかと凪いだ青い瞳を見て、鼻の奥がツンとしたが、努めて笑みを浮かべる。あまり考えたくはないが、きっと、警察を辞したと噂を聞いたことがあったが、彼は今でも警察の仕事をしていて、その仕事は公安警察なのだろう。潜入捜査官。この喫茶店がコンセプトカフェ的な要素があり、店内限定のあだ名が”安室”であるといった気の抜けるような理由だったならばどんなに良かっただろう。
「――えっと、ハムサンドとケーキセット。ケーキはショートケーキ、飲み物はカフェオレでお願いします」
「お飲み物は何時お持ちしますか?」
「ハムサンドと一緒にください」
「畏まりました」
テキパキと注文を取るその横顔を眺め、メニュー表を返す。久しぶりの再会が名残惜しいが、忍と再会した瞬間、彼は初対面を装った。咄嗟に話を合わせたのだが、彼にとっては忍が知人ではないほうが好都合なのだろう。混乱していて気が回らなかったが、これ以上は踏み入れるべきではないだろう。
「……忍。元気そうでよかった」
メニュー表を渡した瞬間、忍だけに聞こえる声で彼は呟いた。そして降谷は何事もなかったように、歩を進め、カウンターへと戻っていく。震える心を落ち着けるために、おしぼりを広げ、ぽふっと顔に当てる。冷めてしまったおしぼりで顔を軽く拭うように。そうでなければきっと泣いてしまいそうだった。
「忍さん?」
気づかわし気に近づいて来た江戸川に、おしぼりを退けて微笑む。何でもないよと言えば、目を見開いたが、それ以上は何も言わなかった。
「ねえ、コナン君。やっぱり一人だと寂しいから相席してくれない?」
「えー?」
「コナン君が今食べてる代金は私が払うから」
そうのんびりとした口調で提案すれば、仕方ないなあといった風に自分の席へと戻っていって、カウンターで作業をしている降谷と女性の店員に何やら声をかけて始めた。彼らがちらりと忍の方をを見た時に、忍はドキリとしたが「忍さんこっち」と江戸川が手招きをしてから彼の隣のイスを引いてくれた。何だか彼らの仲間に入れてもらえたように特別嬉しくなって心の底からふにゃりと笑えば、彼らは目を丸くつつも、同じように笑みを浮かべてくれた。
荷物を持って江戸川の隣に座り、注文したハムサンドとケーキセットが来るまでの間、アイスコーヒーを飲みながら学校の宿題を解くコナン君を横目に、店内を眺める。店内はカウンター席とテーブル席があり、道路側の大窓から外光が入るため、一定の明るさがある。田舎とまでは行かないがのんびりとした雰囲気が漂い、皆が思い思いの時間を過ごしている。常連らしき高齢の女性はうとうとと微睡んでいる。少し離れたテーブルには女子高校生だろうか。女学生達はお喋りに夢中になっており、ちらちらとカウンターで作業する安室を見てはかっこいいと盛り上がっている。常連らしき中年の男性はちらりと一瞥したが、いつものことかと言わんばかりにコーヒーを啜り、経済新聞を眺めている。まるで木漏れ日のような場所。
「よい喫茶店ですね」
この空間は降谷にとって仮初の居場所かもしれないが、危険な仕事に身を投じているであろう彼が束の間の安寧に触れる場所として、傷ついた身体を休める居場所として、この喫茶店が拠り所のなってくれているといいなと祈らずには居られない。
「ええ。僕もお気に入りの場所なんです」
穏やかな三日月型の瞳が、お待たせしましたとハムサンドとカフェオレを持ってくる。これが噂のハムサンドかと感心していると、ぐうと腹の虫が主張し始めて、パッと腹部を押さえる。ニヤリと隣で笑う気配がしたが黙殺する。近くにいた降谷と女性の店員の耳にも届いたようで彼らも笑っている。きまりが悪く恥ずかしくなって、いただきますと少し大きな声で魔法を唱えれば、召し上がれと楽しそうな声が響いた。
25.05.17 『スズランを、あなたに』 初出