DC夢 / 松田妹主と降谷がポアロであったその後
(*以前書いてた夢主設定を見直して書いてるため、以前の夢主設定と異なります)


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 一日の業務を終え、一人暮らしをする1DKの集合住宅に帰宅する。自宅のドアの前で家の鍵を開けようとすると、はたっと違和感を感じて留まる。
 ――誰かいる?
 ぎょっとしたが、緊急事態の時も冷静であれ。大きく息を吸って、ふうぅっと長く息を吐き切ると、室内の状況を確認するために、室外のメーターボックスを静かに確認する。じっと見つめていれば、案の定、メーターが動いている。やはり誰かが室内に侵入しているようだ。身内や友人が訪ねてくるという予定もないため、考えられるのは線はやはり空き巣であろう。単独犯か、複数犯か。自衛の為にと教えてもらったボクシングの心得はあるが、制圧できるほどの腕前でもない。安全には代えられないから、敢えて呼び鈴を鳴らして出ていってもらうか。どうせ盗まれるような金目のものもない……もしも下着泥棒であったりしたら、それはそれで困る。ここは管理会社に連絡して一緒に立ち会ってもらうか。警察は、なぁ……。
 スマートフォンを取り出し、アドレス帳に登録してある管理会社の連絡先ページを探す。
「どうか、されましたか?」
 不意に後方から声を掛けられて、ビクリと肩を揺らす。振り返れば、丁度階段を上がってすぐの所に四角い縁の眼鏡をかけた実直そうな男が立っていた。抹茶色のスーツをピシッと着こなした男で、きっと周囲からも期待されているデキるサラリーマンといった感じなのだろうか。あ、と目を見開いた男の反応に、どこか出会っていただろうかと小首を傾げたが、すぐに真面目な顔つきになった。買い物帰りなのかコンビニの袋が手にぶら下がっている。怪訝そうな顔の男はスタスタと歩いてきて、忍の側までやってくる。おそらく初めて見る人だ。
「あ、どうも……えっと、ご近所さん、ですか?」
「ええ。同じ階の飛田と申します。丁度立ち尽くしたままのあなたの姿が見えたので」
「ええっと……」
 家の中に知らない誰かがいると言ったら今まで面識も何もなかったご近所さんでも助けてくれるだろうか。忍が当惑していると、飛田は忍を落ち着かせるように柔らかく口元を結ぶ。
「何かお困りのようでしたのでお声がけさせていただきましたが、すみません、余計な御世話だったかもしれません」
「いえ、ありがとうございます。その、ですね……どうも、家の中に、知らない誰かが入り込んでいるようでして……」
「……知り合いがいらっしゃっている、とかではないんですか?」
 忍が状況をしどろもどろに話し始めると、飛田が浮かべていた穏やかな表情から神妙な顔つきに変わる。深刻な表情を浮かべた飛田はちらりと忍の家のドア一瞥し、忍に持っていた荷物を預けるとそのまま彼女を一歩下がらせ、ドアの眼の前に立つ。そっとドアに耳をそばだて、ゆっくりノブを回す。音を立てずに、おそるおそるとドアノブを引き、飛田と忍は顔を見合わせる。
 ――開いて、る。
 二人の間に緊張感が走り、忍はゴクリと息を呑む。
「(中の様子を覗いてみます。危ないのですぐに逃げられる所に避難しててください)」
「(で、でも、と、飛田さんが……)」
「(自分は大丈夫ですのであなたは自分自身の身の安全の確保をお願いします)」
 互いにアイコンタクトをして、忍は言われるがままに後退り成り行きを見守ることにする。えらいことになってしまった。まさかご近所さんを巻き込むことになるとは思わなんだ。
――だか、それで良いのか?
 自分の問題をたまたま居合わせた他人に任せるだけ任せたままにしていてよいのか。そもそも悪いことをしていない自分が何故泣き寝入りしなければならないのか。悪いのは人様の家に勝手に侵入している不逞の輩の方だ。そう思ってきたら腹が立ってきた。荷物を廊下の隅に置き、そっとドアを開けて隙間から中の様子を窺う飛田に近づき、ずんずんと近づいていく。近づく気配にギョッとした飛田が制止しようと手を広げたが、ええいままよ、とドアを勢いよく開ける。このまま引き下がってたまるか。
「ちょっ!? 危ないから下がって……!?」
「なんで私が大人しくしなきゃいけないの!? 許さーん!」
 パンプスを脱ぎ捨ててずんずんと部屋に入ると、リビングにいる誰かも気づいたようで、玄関とリビングに繋がる通路のドアが開かれる。
忍を止めようと追ってきた飛田が忍の腕を取りぐっと引き戻し庇うように前に出る。
「遅いぞ、忍……っと、風見?」
「え!? ふ、降谷さん!?」
「え、零君?」

 ――え?

 松田忍と降谷零、降谷零と飛田――本名は風見裕也という――が互いに知人同士であったという事実が判明し、泥棒だと思っていた相手が降谷だったという結末を迎え、忍と、風見は互いに顔を見合わせてすっかり脱力する。忍は良かったと大きく息を吐き出すと、ぐいっと引っ張られる。降谷だ。
「僕が二人を勘違いさせたのはすまないが、いつまでそこに溜まっていても仕方がない。ご飯の準備ができているから少し話をしよう」
「あ、はい。すみません。松田さんも大丈夫ですか?」
「ええ。こちらこそお付き合いしてくださってありがとうございました」
 準備するから着替えてきなさいと忍に言うと、予め作っていたらしい食事の準備を始めるので、忍と風見は廊下に置いたままの荷物を一先ず引き入れる。言われた通りに忍が身支度を済ませると、降谷と風見が何か話していたようだが、風見はすっと立ち上がって、詳しい事は降谷さんにませましたので帰りますとお辞儀してさっさと帰っていってしまった。忍が引き留める間もないぐらい颯爽と。
「お、お礼したかったのに!」
「俺が言っとくよ」
「そういえば零君と飛……風見さんって知り合いだったのね」
「それはこっちのセリフだ。まさか君たちも知り合いだったとは」
「いや、それは偶然。零君がいると思わないから泥棒に入られたと思ってどうしようかと思ってたら声かけてくれた」
「ふぅん?」
「?」
 降谷はじっと忍のことを見つめていたが、ご飯食べようとリビングテーブルに座る。ご飯と豆腐とワカメの味噌汁に、生姜焼き。生姜たれの芳ばしい匂いが食欲をそそる。以前は料理が得意ではないと言っていたけれども、意外だ。
「零君って昔料理苦手って言ってなかった?」
「いつの話をしているんだ。料理ぐらい出来るようになってるよ」
「そっか。頑張ったんだね」
「忍はもう少し自炊しような。冷蔵庫の中何もなかったぞ」
「うっ……」
 にやにやと不敵の笑みを浮かべる降谷に、忍は決まりが悪い。別に料理が出来ない訳では無い。少し面倒なだけだ。
 こうして向かい合って食事をしてみると彼が警察学校時代に時折会い、顔を突き合わせて食事をしていたのを思い出す。あの頃は兄の友人たちに会ってみたいと言って駄々をこねて会わせてもらい、そこから時折休みの日に会いにいくようになったのだったか。懐かしいなと降谷が食べる姿を眺めていれば、彼もそう思ったらしく、懐かしいなと呟いた。今は二人。萩原は爆弾処理中に殉職、兄も殉職、伊達は交通事故、諸伏は警察官を辞すと言ってからは音信不通。恐らくは……
 これ以上先を考えたくないと思考を振り払い、別の疑問を提示する。
「そういえば、何で零君が私の家に? 先日会った時は家の場所教えてなかったし、鍵も渡してなかったよね?」
 先日喫茶ポアロで再会した際はその二階の毛利探偵事務所に居候する江戸川コナンという少年ともう一人の喫茶ポアロの店員の榎本梓という女性と会話していたため特にそういった話をする暇もなかった。ランチが終わればおやつ時に入り、ランチが終了して引いていた波が少しずつ寄せ返してきて店員二人が忙しくなってきたからだ。江戸川と忍は店の混雑状況を見て、解散し、そのまま互いに帰路に就いたのである。
 思わぬ再会を経た降谷と忍ではあったが、降谷は本名の降谷零ではなく安室透という人格としてポアロに勤務していた。経緯は聞いてないが、以前警察官を辞したという噂はデマであり、潜入捜査官として身内や知人に被害が及ばぬように自分の素性を偽っていたのであろう。おそらく、彼は公安警察の一人。喫茶ポアロに潜入捜査の一環で勤務しているとなれば、顔馴染みである忍がその周りをうろつくわけにはいかない。極力彼の邪魔にならぬように接触は控えるべきであると結論に至り、あれ以来ポアロを訪問することもなく、普段通りの日常生活を送っていたのだが、本日、唐突に降谷が来訪した。あの泥棒騒ぎになってしまった。
「僕に掛かれば忍の住んでいるところなんてすぐわかるよ」
 職業上調べ上げることは造作もないということなのだろうが、それは職権乱用ではないか。忍がじとりと視線を送るが、彼はそれを黙殺する。これは常習犯だ。無駄骨を折るだけだろうが、諌めるだけは諌めるべきか。
 降谷はごちそうさまと手を合わせて、テーブルの上の食器を片付け始める。台所のシンクに使ったお皿を漬け込んで再びテーブルに戻ってきたころで忍が完食すると、そのまますぐに食器も回収し、それもシンクに漬け込まれていく。忍がご馳走様と述べれば、降谷はお粗末様と笑う。台拭きでテーブルの上を拭いてから、急須で二人分のお茶を淹れる。
「零君……兄さんの友人だから訴えはしないけど、他の人にやったら訴えられる可能性あるから気を付けないとダメだよ?」
 降谷は瞬きをして、忍の目を覗き込む。その表情はあくまでも微笑みを讃えている。
「そんなことはしないよ。折角再会したのだから忍と二人きりで少し話をしたかったんだけど、忍はもうポアロに来ないつもりみたいだったからね」
 じろりと逆に問い詰めるような降谷の瞳を受け、今度は忍が肩を竦める番だ。
「……私がポアロの常連さんになったら零君のお仕事の邪魔になるでしょう」
「今更忍一人が常連になったところで支障はない」
 それよりも聞きたいことがある、と身を乗り出してきた降谷の顔を咄嗟に顔を両手で受け止める。忍とて聞きたいことがあった。
「……零君はさ警察官になったことあんまりよく思っていないでしょう」
「どうして?」
「兄さんの二の舞になると思った?」
 一瞬、その瞳が暗く揺らめいた気がした。
「そんなことはないよ」
「私はこれ以上自分と同じような被害者を出したくないと思ったからこそ、なりたいと思ったよ」
「……そうか」
 何も答えてはくれないが、これ以上の言葉は要らないだろう。困ったような表情を浮かべながら、忍の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「――お勤め、ご苦労さま」
「私だって役に立てることあるよ、もう守られてばかりは嫌だからね」
 忍はパッと髪を撫でる手をはねのけて、降谷に手首を掴む。もう片方の手で降谷の目の下をなぞる。「酷いクマ」と呟けば、彼は驚いた表情を浮かべた。ぐっと腕を引っ張って、寝室へと引っ張っていくと降谷をベッド上に放り投げ、素早く掛け布団をかけた。
「え? 忍……?」
「寝不足なんでしょ。今日はもう寝なさい」
「いや、さすがに、ここで寝るのは」
 有無を言わさぬ忍の言葉に珍しく降谷もたじたじだ。
「いいから寝ろ」
 起き上がろうとする降谷に、忍は唸りながら近くにあったクッションを顔面に投げつけて再び布団の上に沈める。
「……忍、ごめん。それじゃあ少しだけ仮眠を」
「いいよ明日休みだから気にしないで。零君の仕事はただでさえ忙しいんだから。身体が資本でしょ」
 おやすみ、いい夢を。
 自室のドアを閉めると、洗い物を始める。シンクの洗い物を手早く済ませると、戸棚の中に隠していたバーボンをそっと取り出せば、飲み過ぎないように、と誰かさんが貼ったらしい付箋を見て思わず笑う。その割には、隣に高級チョコレート菓子店のチョコレートが置いてあるものだから、ドアの向こうで今日は少しだけ夜更かしをして晩酌を楽しんでしまおう。再開を祝いながら。

25.05.20 『朋あり遠方より来る』 初出