========================================================* 現代パロ。おねしょた。* デフォルト:橋本凛======================================================== にこにこと愛想の良いと笑みを浮かべる彼が得体の知れぬ化物のように思えてならなかった。行儀がよく、愛想よく笑みを浮かべる彼は不気味な異質さを持っていた。我が侭も言わなければ、生意気も言わない、粗相もしない。"都合の良すぎる子供"。気味が悪くないわけがない。大人からしてみれば文句なしの¨良い子¨――¨都合の良い子¨ではあるが、子どもとしては及第点すら届かないだ。子どもらしさのない子どもだった。子どもとは我が侭の一つや二つ、無知故の過ちに無謀に無防備に突っ込んで行って学び成長するものだと思う。自分も決して可愛い子どもではなかったが、まだ生意気であったし、無知故の無茶苦茶をしたものだ。だが彼はいい子過ぎる。可愛げがあるようで全くない。 彼、瀬田宗次郎と橋本凛は今の今まで面識などまるでなかった。遠縁に当たるらしいのだが、一度たりとも顔を合わせたことはなかった。寧ろ遠縁の存在など全く関知していなかった。ある日突然瀬田の保護者から橋本が瀬田と遠縁にあたると電話が掛かってくるまでその事実を知らなかったぐらいである。それを知った時の橋本は驚きもしたが疑問の方が多く、突然の知らせを不審に思う他なかった。 結果から先に言うと、その電話が掛かってきた時に瀬田を引き取るようにと体よく押し付けられたのである。話があるからと呼び出されて電車を乗り継いで呼び出された家に行けば、即座に10才に届くか届かぬかの子供を目の前に連れてきて強引に引き取らされたのだ。あまりの強引さにぽかりと間抜けな顔を晒した橋本だが、にこにこと愛想よく笑う少年を不憫に思い、その場は引き取ることにしたのである。早くに両親を亡くしてからどうも近しい親戚の間をたらい回しにされたらしい。相手をしていくには色んな意味で骨が折れそうだ。 一人身の橋本からしたら給金で子ども一人ぐらいを養うぐらいはどうということはないが、白状してしまえば子どもは苦手である。引き取ることはこの際もういいが、何せ子どもは繊細だ。感性も未熟で身体も未熟。橋本が守ってやらなければならない。加えて橋本の下にやって来るまでの彼の回りの環境は良くないものだっただろう。何せ親戚中を盥回しにされるぐらいだ。彼を橋本と引き合わせた中年の男も小さな瀬田を鬱陶しそうに見つめていた。そんな保護者だった男に対して瀬田は嫌な顔せずに笑みを浮かべていた。目も当てられぬ、酷い有り様だ。聊か狂うている。自己を屈折させた環境に身を置いた少年に対してどう接してやるべきか。心理カウンセラーでも教育専門家でもない橋本には解りかねるが、これ以上見過ごして彼を屈折させるのは目覚めが悪いし、屈折したまま成長される方が厄介である。もしそのまま成長してしまえば、それこそどうしようもなくなってしまう。はたして、邪険に扱われてきた子に対してストレスなくどう接してやるべきか。それが課題になるだろう。今は様子を見ながら少しずつ距離を図るしかないだろうか。 相変わらずにこにこと笑う瀬田にどうしたものかと頬を掻く。彼は橋本を見上げたまま、様子を窺っている。「あー、えっと……瀬田、宗次郎……くん」「はい」「取りあえず、今日からはうちに住んでもらうことになった」「ええ、オジさんから聞きました」「じゃあ……とりあえず、うちに行こうか」「はい、わかりました」 淡々と受け答えをする瀬田に、居心地の悪さを感じる。喉に魚の小骨が刺さるような不快感。飲み込めない理不尽に眉をひそめる事しか出来ない。せめて、せめて自分が今まで見向きもされなかった彼に目をかけやるしかない。「瀬田くん、荷物を持ってやろ」「いえ、結構です。それより行きましょう」「う……うん」 一先ず小さな切っ掛けからでも関わりを始めようと橋本は瀬田の手荷物を持ってやろうと進言したが、瀬田はにこりと笑みを浮かべたまま必要ないときっぱりと断ってさっさとリュックを背負うとすぐに最寄りの駅に向かって歩き始めてしまう。あまりにもバッサリと必要ないと言われた橋本は手持ち無沙汰に手を引っ込めるに引っ込められずに立ち尽くす。こうも一刀両断にされるとは考えもしなかった。完全に信用されてない。にこにこと笑ってはいるが、近付いてこようとはしない。今までにいた環境が環境ではあるが、これは距離を縮めるのには時間が掛かりそうだ。 さっさと歩き出した彼に、本当に可愛いげのないガキだと小さく呟けば、立ち止まったままの橋本にようやっと気づいたのか彼はきょとんと間抜けた顔で振り返った。来ないのかと言うように見つめてくる視線に、髪の毛を掻きむしり、前途多難だと頭を抱えたくなった。 まさに、たじたじ、である。14.08.15―――――――――――旧ブログからネタ掘り出したのでこちらに載せます。 あさきゆめみし / るろ夢 2024/11/19(Tue) 23:12:32
『Best Wishes!』 / 23年VD その2 吐く息が白く濁る。朝焼けの眩い光と稜線から顔を出し始めた太陽光が幻想的に美しい真冬。 二月十四日のバレンタインデーを迎え、閉店まで慌ただしく過ごししてふと思えばあの女の姿を今日は見なかったと思い出す。常連の女は二十代頃だろうか。少し傷んだ黒髪と薄らと浮かぶクマ、草臥れた様子の女。面は悪くないが、仕事が忙しいのか疲労感が抜けないその姿から哀愁が漂う。他人に深入りはしない比古ではあるが、たまにの休日にやってきては満面の笑みで幸せそうに己の作った菓子を食うのだがら、情ぐらいは沸くものだ。土日が必ず休みの仕事ではないらしく、来る日も平日の午前や午後だったり、時折土日のどちらかであったりするのでいつ来るかはその女の勤務状況次第といった所である。ハロウィンやクリスマスなどのイベント限定販売の菓子を求めて仕事帰り閉店時間間近ギリギリに買って帰る時もあるため、今日もその内来るのだろうかと一つケーキを残していたが、女が来ることなく閉店を迎えた。約束していたわけでもないが、少しばかり締まりのなさを感じつつ閉店作業をする。「師匠のお気に入りの橋本さん、来なかったですね」 カフェスペースの掃除を終えた緋村剣心がバックヤードまで戻ってきていう。誰だ。初めて聞いた名前に小首を傾げる。知人の中ではその名前の人はいなかったはずだ。思い返してみても心当たりがない。「誰だ?」 緋村は意外そうに比古の方を振り向いた。「あれ? 師匠もしかして名前聞いてなかったんですか? ほら、あのパンツスーツ着たポニーテールの子。少し草臥れてる。師匠の作ったケーキ幸せそうに食べてた……!」 窓際の席で束の間の幸せをひっそりと噛み締める姿のあの女。あの女は橋本というのか。 ――ところで。「剣心。お前なんで名前知ってんだよ」「以前、お友達の誕生日ケーキ予約したいって来た時にお名前聞きましたよ。橋本凛さん。警察でお仕事されてるそうですよ」「……なんで、お前の方が知ってんだよ」「えぇ、まさか師匠とあろうお方が知らないとは」「おい。にやにやしてんじゃねぇよ。そんなんじゃねぇよ」「えぇ? 俺は何も言ってないですよ?」「ああ゛、うるせぇなぁ! 明日もあるんだ、早く帰って寝ろ!」「ふふっ。ガトーショコラ、渡せるといいですね」 早く帰れと手を振ると、にこにことしながら降参と両手上げてそそくさと休憩室の方へと逃げていく。取り置きしておいた分を目敏く見つけていたらしい。カンのいいやつめ。やれやれと溜息を深く吐き、肩を竦める。冷蔵庫の中を開ける。奥にしまっておいた箱。毎回イベント期間には必ず来店するため取って置いた分。いつも美味しかったと屈託の笑みで会計して帰っていく橋本。そんな女の姿を見るのを密かな楽しみにしていた。宝箱を開け、中の宝石を発見したようなキラキラとした瞳の輝き。高揚した頬。チェリー色の豊潤な唇が己の作った洋菓子を喰んでいく姿。口元をクリームで汚しながらもうっとりとした表情で味わうその姿が脳に焼き付いている。食べる前まで草臥れた表情を浮かべていたというのに、食べ始めればまるで水を得た魚のように生き返る。そうやって己の作った菓子で人を幸せにできるとしたならば作り手としては本望だ。 冷蔵庫の奥からその箱を取り出して、帰宅の準備を始める。ずっと置いておくわけにも行かないので少しずつ家で食べるほかない。ガトーショコラならばウィスキーのアテにでもするとよいか。などと考えて戸締まりを終えて外へ出ようとすると、ゴンと何かにぶつかった。「?」「ったぁ……」「あんたは」「うぅ……もう、お店終わっちゃいました?」 外を覗くように身を乗り出せば、ドアにぶつかったらしい女が頭を押さえて蹲っている。あの橋本と言う女だ。今しがた弟子と話していたばかりなだけに少し決まりが悪い。丈の長いダウンコートにマフラーをぐるぐるに巻いている。丁度仕事帰りだったのだろうか。 外の様子を見回せば、既に日は落ち、雲一つとない美しい夜の帳が下りている。昼間の温かい日差しはどこえやら、身が引き締まるような凍える寒さだ。ひゅうと笛のように音を立てて風が吹いていく。冷蔵庫の中に閉じ込められたような寒さに思わず眉根が寄り合う。頭を抱えて蹲ったまま暫く動かない橋本にぶつからないようにそっと入り口から出て、目の前にしゃがみ込み頭に触れると、橋本に驚いた表情が浮き上がる。「大丈夫か?」「す、すみません」「怪我は……とりあえず無さそうか?」「は、はい。大丈夫です」 恥ずかしげにはにかんで橋本はゆっくりと立ち上がる。ふらつかずにすっと立ち上がったところを見ると、不幸中の幸いにも致命傷を負ったという様子はなさそうである。怪我がない事を確認し、そっと胸を撫で下ろすと、ゆっくりと立ち上がった。不慮の事故とはいえ、怪我をさせるなど言語道断だ。当の本人は比古を観ながら、背高いですねなどと気の抜けるような事を呟いているが、そんな呑気な事を言ってのけるぐらいだから何ともないのだろう。それは何より。久々にこうして会ってみれば、相変わらずといったところだ。仕事に追われて草臥れてはいるが、以前見かけた時よりも今日は元気そうだ。「悪いな、今日は店仕舞いだ」「そうですか……やっぱり間に合わなかったかぁ」「その代わりと言っちゃなんだが、これ持って帰ってくれ」「え? でも……」 残念そうにしょんぼりとしていた橋本に、取り置きしていたガトーショコラの箱を渡せば、寝耳に水といった素っ頓狂な表情を浮かべる。店の手提げ袋に入れて持たせると、暫くそれをじっと見つめて少しばかり複雑そうな表情をしていたが、首を振る。すぐに渡したばかりの箱を返そうと差し出される。「受け取れません。営業時間内に間に合わなかった私が悪いので」「キャンセル分出すの忘れてただけだ。俺は仕事中以外は甘いもん食わねぇし折角だからもらってくれ」「でも……」 渋る橋本の手をそっと押すと、そのまま紙袋を持つ手を握り込ませる。「処分するより貰ってくれた方が助かる。金は要らねぇ。その代わりにまた来てくれよ。お前さんの食いっぷりが見ていて気持ちがいいからよ」「! み、見てたんですか!?」「パティシエが言えた事じゃねぇが、甘いものばかり食べすぎないようにな」「は、はずかしい……」 まさか見られていたなんて。そう言って居た堪れ無さそうに頬を赤く染めた橋本が己の両頬を覆い隠すようにして手を添える。橋本はスイーツを頬張って気が緩んだ姿をしっかりと見られていたことが恥ずかしいというのだが、比古にとっては好ましく思えていた。自分が作った菓子をそれはもうこの世の祝福を一心に受けたというような顔をして食べている橋本を見た時、気分が良かった。その食べっぷりに甚く感服し、とても好ましく思っていた。「いつも喰いに来てくれてありがとな」 比古はほくそ笑む。ポカンと比古を暫し見つめていた橋本はハッと我に返ると視線を右往左往させていたが、あっと何かに気づいたように声を漏らすと、鞄のポケットの中から何かを取り出して比古に手を差し出すように促した。「これ。貰ってください」「……何だこれ?」「五円玉チョコ。今日友人からもらったんです。良いご縁がくるって。一枚あなたにあげます」「だがお前がもらったものだろう、それなら」「私はもうご縁もらいましたので」 橋本はにこりと慈しむように笑い、そっと比古の手に己の手を添えて拳を握り込ませながら魔法を掛けるように呟いた。 ――あなたにもご縁がありますように23.02.18 『Best wishes!』 初出 あさきゆめみし / るろ夢 2023/07/22(Sat) 22:17:40
『結び目』 / 23年VD その1 冬茜。冬の夕焼けの燃える美しさは思わず足を止め息を飲むほどである。日没が迫り、稜線を燃やし始める美しいあの橙は凛冽な空気さえも息を飲むように美しい。澱みのない澄み切った空気がより一層夕景を際立たせ、誰しもを魅了する。 缶コーヒーを飲みながら、凛は一人窓の向こう側を臨む。誰そ彼。街灯の橙が薄っすらと色付き始めている。家路へと向かう人かそれとも。自治体のスピーカーから流れる時報の音楽がどこか物悲しくもあるが、どこか明日への期待を感じる。ひんやりとした廊下の片隅に自販機とゴミ箱の列。気分転換がてらに作業を中断し抜け出してはきたのだが上着かマフラーでも持ってくればよかったのしれない。少し身震いをしつつも、静まり返った廊下の片隅でのコーヒーブレイク。薄暗い自販機の側面に寄りかかりながら、少し温くなったコーヒーを一口。ぼんやりと暮れ泥んでいく夕景を眺めながら、深い息を吐き出した。「甘いものが食べたい」 無意識に吐き出された言葉が廊下の空気を揺らす。思いの外、ゆらゆらと、己の鼓膜をゆする。 コーヒーのお供に甘いものが食べたい。コーヒーを飲みながら零れ出た思いが言霊により一層強くなる。交通違反に交通事故、酔っ払いの介抱、強盗、ストーカー、エトセトラ。事実は小説よりも奇なり。思いもしない事件に振り回されて流石に疲れていた。疲れ時には糖分がいいと聞く。甘いものが食べたいときは特定の栄養素が足りていないとも聞く。何が足りていないのかなどと気にしすぎるよりは好きなものを好きに食べた方が健康的な気もするが。 要するに甘いものが食べられれば何でもよいのだ。散々けったいな事件に振り回されたのだ。早く仕事を終わらせてお気に入りの店に飛び込むのもいいのかもしれない。お気に入りの洋菓子店。ふとした時に食べたくなる美味しい洋菓子店。少し無骨なパティシエが作る繊細で美しくも甘いもの好きを多幸感で満たす美味しいお菓子の数々。サクサクで甘いクッキーやふんわり柔らかいフィナンシェ、皮はさっくり中はたっぷりなめらかカスタードシュークリーム、甘くて美味しいケーキ……嗚呼、想像しただけで食べたくなる。こうしてはいられない。早く報告書を片付けて一時でも早くこんなところから抜け出すべきだ。「プリン、シュークリーム、ケーキ、チョコ……嗚呼、どいつもこいつも何でつまんないことで仕事増やすのよ。手当たり次第しょっ引いてやろうか」「わぁ……あんさん随分キテるなぁ……おつかれさん」「あ、沢下条……お疲れさま」 喧しい男が来たと喉まででかかった言葉を飲み込んで労いの言葉をかけると、上機嫌な金髪の男がやってくる。同僚の沢下条張という男だ。すらりとした見た目だが、程よく筋肉質の男。陽気な関西人。凛の得意なタイプではないが、その性格から何だかんだで憎めない男だ。沢下条は「よっ」と手を立てて砕けた挨拶をすると自販機に小銭を入れて缶コーヒーのボタンを押す。転がり出た缶を拾い上げ、隣に並ぶようにして立つとカチャリとプルタブを捻った。同時に先ほど己が開けた缶と同じコーヒーの香ばしい香りが舞い戻ってきて、思わず鼻をひくりとさせた。嚥下する咽喉の流動を横目に、香りが拡散してしてわからなくなった己の缶コーヒーを煽る。「今日はどうしたん?」「交通違反にドラック、強盗、痴話げんか、その他もろもろ。警察は何でも屋じゃないわ」「あー、お疲れさん」「そろそろ帰りたい」「あー、そうしょげるな。よし、しゃあないな。ワイのとっておきをくれてやるで」 凛を不憫に思ったのか、沢下条は犬を撫でるように凛の頭をわしゃわしゃと撫でた。そうしてごそごそとズボンのポケットを何やら漁り始める。何だろうか怪訝に思いながらも、ぼさぼさになった髪の毛を手櫛で軽く整える。手間だ。余計な事をしてくれる。そう思いながらじとりと成り行きを見守っていると、何かを見つけたらしい沢下条が「あった」と嬉々として凛の手のひらの上に小さい包みを乗せた。茶色いビニールフィルムにプリントされた五円玉を模したキャラクター。小学生ぐらいの子どものお小遣いでも手軽に買えるチョコレート菓子だ。凛も幼少期の頃に小遣いを肩掛けバックに入れて田んぼに囲まれた駄菓子屋まで買いに行った記憶がある。成長して買う機会は減ってしまったが、本物の五円玉のようで面白いチョコだと気に入って買っていた。「? ごえんだま、チョコ?」「ハッピーバレンタインやで!」 快活に笑う沢下条を見て、はてな。「馬連……?」「馬ちゃうで、バレンタインや! チョコや、チョコ! 好きな人に愛の告白とチョコ渡す日や! この沢下条張様からかわいそうな凛に愛のお裾分けや!」 バレンタインデーと言えば、何某かの殉教の日であるとか、友達や恋人、大切な人に贈り物をする日だったか。日本では女性が意中の相手に愛の告白と一緒にチョコレイトを贈ったり、親しい友人間でチョコを交換してその日を楽しんだりする。凛も友人にチョコレイトを交換したことはあるが、学生時代の頃の話で近年では中々会うことも出来なくなってしまったため、そういった行事ごとには遠ざかっていた。職場では義理チョコの文化は用意する側の負担になるとのことで廃止されたため、益々バレンタインデーとは縁遠い生活を送っていた。「そっか。もうそんな日か」「どや。ワイからの愛のある友チョコや」「愛のある友チョコ……?」「おい、首傾げんなや! 泣くで!」「ははっ。わかっているよ、ありがとう」「たく……。仕方ないやっちゃ。ほら特別にもう一枚やる。これで少しは元気だしや。ええことあるとええな」「沢下条」「五円玉チョコやったんや。今からお前にも良いご縁がくるで」「それは……まあ楽しみにしてみるよ」 ほなな。そういって手をひらひら振りながら廊下を歩いていく。その後ろ姿を見送りながら、手のひらの五円玉チョコに視線を落とす。何とも言えない気が抜けるような顔の五円玉のキャラクターの表情。愛嬌のあるその顔を見て、ふと小さく笑ってしまった。久方ぶりにあったあの男は相変わらずの賑やかしい男だが、何だかんだでこの五円玉チョコのキャラクターのように憎めない。「ご縁、いただきます」 一つだけフィルムを破いて、口に入れる。小さい頃お小遣いを握り締めて買いに行った時と今も変わらず甘い味。冷め切ったコーヒーを流し込んで、もうひと頑張りしようと気合を入れ直すのである。23.02.14 『結び目』 初出 あさきゆめみし / るろ夢 2023/07/22(Sat) 22:15:33
『紅一点』「塗ってみてもいい?」 マニキュアを買ったと言う凛が嬉々として言う。新しい玩具を手に入れたと言うような表情に、どうも気が緩んでしまう。「いや、なんで俺の?」「自分で自分の手を塗るの難しいからまずはあなたの手で」「はぁ? なんだそれ」「お願い!」「はぁ……仕方ねぇな」やったと歓声を上げた凛にやれやれと思いつつも、つい構ってやってしまう。「それじゃあ手出して」 口元を綻ばせた凛に手を差し出すと、俺の手をまじまじと見て、「相変わらず大きい手だね」と暢気な口調で呟いた。紅色のマニキュアの蓋を開栓すると、筆先にたっぷりと液体が乗っかっていて、それを縁で扱くと指をそっと掴まれる。ぺたり、と筆先が爪先に触れた瞬間、鮮やかな紅花が灯る。その先に真剣な表情で己の爪先を彩る凛の顔が見えてしげしげと眺める。まつ毛に落ちる影。頬に掛かる黒髪。唇に引かれた艶やかな紅色。視線がうるさいと抗議されるようにちらりと向けられて、仕方なく己の爪先に視線を送る。初めて使うというにはまずまずと言ったところだろうか。「ほおー。臭いがしねぇのもあるんだな」「そうだね。今のは割とすぐ乾いたりするのもあるから使いやすくなったね……あっ」「下手くそ」「うるさいな、難しいよ」 そんなに言うなら塗ってみてよ。むむむと不服そうな表情を浮かべた凛に苦笑する。本当に色んな表情を浮かべるようになった。「……どれ、塗ってやろうか」 速乾性のあるものだったらしい。マニキュアを受け取って凛の手を取った。「相変わらず小せぇ手だな」と零せば、暫くキョトンとした凛の表情は苦笑に変わる。少しゴツゴツとした手を掴み、指先に同じ色を灯す。おおと感嘆を上げる凛の声を聞きながら思わず笑いが込み上げる。丁寧に爪先を塗っていくと、じっとこちらを見つめる視線を感じて顔上げる。どうかしたかと問いかけてやれば、何でもないよとやけに機嫌良さそうに見つめる凛に首を捻りながらもう片方の手を塗り始める。凛は塗り終わった手をかざし、「塗るの上手くて腹立つ」と呟いたので、ふっと笑いながらもう一度言い放つ。「下手くそ」23.07.19 『紅一点』 初出 あさきゆめみし / るろ夢 2023/07/22(Sat) 20:39:40
『縁は異なもの味なもの』 / よその子コラボ「今日は猪鍋にしましょう」「は?」 引き留める間もなく、籠と斧、小銃を持って凛が小屋を飛び出していったのが一刻ほど前だったか。あの韋駄天め。あっという間に山間に入っていってしまった。それは彼女が日本中を駆け回っていたからこその身軽さであるが、こうも身軽だと考えものだ。火の番をしていた比古にとって彼女の行動は寝耳に水のようなものであったし、竈門から離れるわけにもいかなかったため、彼女をすぐに追いかけられなかった。出来上がった焼き物を取り出して火の始末をしっかり済ませると早速探しに行く準備をする。血腥い幕末の京都で刀片手に生き延びたような女であるから軟弱ではないとは理解しているし、ついこの間までかつての同志の男の使いっ走りのようなことをしていて、危険な任務の渦中にいたぐらいだから杞憂かも知れぬ。そうではあるが、無茶していないか一番心配だ。前科がある。先の戦に駆り出されて帰ってきた時は随分と重症で帰ってきた。身体中を包帯で覆った姿で布団に横たわった姿を見た時は幾ばくか肝が冷えた。ジクジクと痛々しい傷は膿んで腐臭がしていたし、その傷から熱が出て、意識がぼんやりしていた。重症。一歩間違えれば凛は死んでいただろう。俺の目の届かない所で、あれは、野垂れ死ぬところだった。「──本当に、手のかかる女だ」 大きく息を吐き切ると刀を携え外套を羽織るとすっと立ち上がる。脳裏に過ぎるは目を輝かせて比古の作品を作る手を素敵な手だと褒めたあのきれいな顔。あの賞賛を述べた時の心の底からの言葉は心地が良かった。自分には芸術の、何かを生み出すことへの才能はないと諦めていた凛が比古に手取り足取り教えて作った茶碗にとても感動していた姿。あの顔は今後忘れることができぬだろう。 小屋の入り口に掛かる葦簀を軽く払いのけて外へ出る。「に、新津覚之進先生!」「何だお前か」 一歩外へ出れば丁度山を登ってたどり着いた巨躯の男と癖毛の洋装の女。女は体全体の輪郭がわからないように白いシャツを着込んでいるため、素人目には優男に見えなくもない。この女は凛と違って芸術を嗜むらしく、陶芸家新津覚之進の作品の愛好家であるそうだ。先日訪ねに来てから時折こうやって比古の小屋を訪ねに来ている。弟子曰く、人嫌いな比古にとっては煩わしい人付き合いの予感に眉を顰めたものであったが、渋々と教えてみたらな中々に筋がよい。こうと教えればすぐに軌道修正し、新たなものを生み出していく。素質はあるのだろう。手土産で持ってきた酒あても悪くない。「あ、あの、新津先生。今度は安慈様のお茶碗割ってしまいまして……その」「はぁ……またか。安慈とやら、お前も大変だな」「いや……」 安慈様ごめんなさいと泣きそうになる女を見て、後ろに控える巨躯の男に視線を移す。安慈と呼ばれる坊主。この坊主はあくまで女の付き添いとしてきているだけであってこちらは焼き物をつくるなどにはあまり関心はないようである。女に向ける眼差しはその相貌から想像し得ない穏やかな慈しみを感じる。側からみればどういった経緯があって連れ合いになったのか首を傾げるような奇妙な二人ではあるが、人のことは何も言うまい。茶碗を割ったことについて謝罪をしつづける女を宥めすかす坊主。やはり不思議この上ないが、この二人にはこの二人なりの特別な絆で結ばれた関係があるのだろう。他人のことは言えまい。「……ったく。後で教えてやるから、大人しくここで待ってな。俺は凛を探しに行く」「え? 凛ちゃん、どこか行っちゃったんですか?」「ああ、あいつは」「あれ? センセ、おでかけ?」「凛ちゃ、ん!?」「やあ、いらっしゃい」 暢気な調子で血濡れた猪を引き摺りながらやってきた凛に、女はギョッとして固まってしまった。持っていた斧には猪のものらしき血が滴っており、血生臭い。常人ならば当然の反応だ。凛が戦いから遠ざかってから出会った間柄であるから穏やかに過ごす凛しか見たことがなかったのだろう。こういった側面は初めて見るものにとって刺激が強すぎる。「お前を探しに行こうと思ったんだよ。ってか血まみれじゃねぇか」「返り血さ。いやー、中々にしぶとくてね」「あわわ、わ! り、凛ちゃん怪我してない!? 大丈夫?!」「え、ええ……大丈夫ありがとう?」「(心配され慣れてないから照れてるな、こいつ)」 我に返り、一目散に駆け寄ってきた女に、凛はしどろもどろになりながら頷いた。女は凛に怪我ないかと身体中をくまなく見て回り、全てが返り血であるとわかると、良かったと、息をふっと吐き出した。凛はどこか居心地が悪そうな表情をしていたが、彼女にとっては良い薬だ。心配してくれる存在がいるという自覚がないからすぐに無茶をする。もうすでに自分だけの命ではないと言う自覚が薄いものだから平気で無茶をする。女が持っていた手拭いで凛の顔の返り血を拭こうとするが、凛は汚れるから大丈夫と一進一退の攻防戦が始まっている。やれやれ。「お互い苦労するな」「そうでもない。覚之進殿もそうなのでは?」「……ふん」 じっと彼女らの行く末を見守る安慈。その眼差しは何処か慈しむような。その眼差しは勿論あの女に向けられている。微かに綻ぶ口元に、へえと感心する。彼女らのやりとりに視線を移せば、凛の顔拭いながら本当に怪我していないよねと怖々と尋ねているが、凛は暢気なもので死ぬこと以外はかすり傷だったりするしなあと呟いて怒られている。 難儀なものだな、お互いに。「おい凛! 鍋にするんだろ? 早くしねぇと日が暮れちまうぜ」「そ、そうだ、猪鍋! お二人もぜひ食べて行ってください!」「あ、あの、凛ちゃん、安慈様は……」「すまない凛殿と覚之進殿。お気持ちは嬉しいのが、私は獣肉は……」「あ」 どすり。凛が引き摺っていた猪が手から滑り落ち地に落ちる。途方に暮れた瞳がこちらへと向けられ、そういえばそうだったと失念していた自分自身も肩を竦め溜息を吐いた。23.06.22 『縁は異なもの味なもの』 初出 あさきゆめみし / るろ夢 2023/07/22(Sat) 20:29:54
『ポッキー・プリッツの日』 / 2022.11.11 「これ……食べてくれませんか?」 珍しいこともあったものだ。何にせよ、相変わらず素直ではない。だかそういう素直でないところもからかいがいがあるというか、いじらしいというか。歯切れ悪く声をかけてきた凛が口に咥えた細い棒状の菓子。枝のようなそれの内側にはチョコレイトが詰められていて、中までぎっしりと詰まっている。 ポッキー・プリッツの日。十一月十一日。数字の一が並ぶ様がお菓子のポッキーやプリッツを連想させることからいつの間にかやそう呼ばれるようになった日だ。特別な日というわけでもないが、若い世代を中心にこの日を意識してポッキーやプリッツなどのお菓子を楽しんでいるようだった。ポッキーといえば、ポッキーゲームというものがあるが、二人の人間がポッキーの端と端を咥えて食べ進めていくいわばチキンレースだ。ポッキーを食べ進めていき、唇同士がくっつくかくっつかないかとそういったスリルに盛り上がったりするようだが、俗物的な意味合いが強いため、凛がそういった事を持ちかけてくるとは予想外であった。 そわそわと忙しなく宙を漂う視線。ほんのりと上気した頬。艶やかな色に染まる唇。こういったことに疎いからきっと誰かに吹き込まれたのだろう。だが、こうやって下手くそな誘い方をする凛も中々に健気だと思うと笑ってしまう。「そんなことしなくたってキスぐらいしていくらでもやるよ」 ガブリと噛みつけば驚いた顔の凛が咥えていたポッキーを落とす。バリバリと咀嚼しながら凛の顎を引っ捕えると、今度はがぶりと唇に噛み付いてやった。甘い、チョコレイトの味が口内に広がる。そろそろと体重を掛けてゆっくり押し倒すと、とろりと溶けた瞳が瞬きをして、そっと背中に腕がまわっていった。 あさきゆめみし / るろ夢 2023/07/22(Sat) 20:26:50
* 現代パロ。おねしょた。
* デフォルト:橋本凛
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にこにこと愛想の良いと笑みを浮かべる彼が得体の知れぬ化物のように思えてならなかった。行儀がよく、愛想よく笑みを浮かべる彼は不気味な異質さを持っていた。我が侭も言わなければ、生意気も言わない、粗相もしない。"都合の良すぎる子供"。気味が悪くないわけがない。大人からしてみれば文句なしの¨良い子¨――¨都合の良い子¨ではあるが、子どもとしては及第点すら届かないだ。子どもらしさのない子どもだった。子どもとは我が侭の一つや二つ、無知故の過ちに無謀に無防備に突っ込んで行って学び成長するものだと思う。自分も決して可愛い子どもではなかったが、まだ生意気であったし、無知故の無茶苦茶をしたものだ。だが彼はいい子過ぎる。可愛げがあるようで全くない。
彼、瀬田宗次郎と橋本凛は今の今まで面識などまるでなかった。遠縁に当たるらしいのだが、一度たりとも顔を合わせたことはなかった。寧ろ遠縁の存在など全く関知していなかった。ある日突然瀬田の保護者から橋本が瀬田と遠縁にあたると電話が掛かってくるまでその事実を知らなかったぐらいである。それを知った時の橋本は驚きもしたが疑問の方が多く、突然の知らせを不審に思う他なかった。
結果から先に言うと、その電話が掛かってきた時に瀬田を引き取るようにと体よく押し付けられたのである。話があるからと呼び出されて電車を乗り継いで呼び出された家に行けば、即座に10才に届くか届かぬかの子供を目の前に連れてきて強引に引き取らされたのだ。あまりの強引さにぽかりと間抜けな顔を晒した橋本だが、にこにこと愛想よく笑う少年を不憫に思い、その場は引き取ることにしたのである。早くに両親を亡くしてからどうも近しい親戚の間をたらい回しにされたらしい。相手をしていくには色んな意味で骨が折れそうだ。
一人身の橋本からしたら給金で子ども一人ぐらいを養うぐらいはどうということはないが、白状してしまえば子どもは苦手である。引き取ることはこの際もういいが、何せ子どもは繊細だ。感性も未熟で身体も未熟。橋本が守ってやらなければならない。加えて橋本の下にやって来るまでの彼の回りの環境は良くないものだっただろう。何せ親戚中を盥回しにされるぐらいだ。彼を橋本と引き合わせた中年の男も小さな瀬田を鬱陶しそうに見つめていた。そんな保護者だった男に対して瀬田は嫌な顔せずに笑みを浮かべていた。目も当てられぬ、酷い有り様だ。聊か狂うている。自己を屈折させた環境に身を置いた少年に対してどう接してやるべきか。心理カウンセラーでも教育専門家でもない橋本には解りかねるが、これ以上見過ごして彼を屈折させるのは目覚めが悪いし、屈折したまま成長される方が厄介である。もしそのまま成長してしまえば、それこそどうしようもなくなってしまう。はたして、邪険に扱われてきた子に対してストレスなくどう接してやるべきか。それが課題になるだろう。今は様子を見ながら少しずつ距離を図るしかないだろうか。
相変わらずにこにこと笑う瀬田にどうしたものかと頬を掻く。彼は橋本を見上げたまま、様子を窺っている。
「あー、えっと……瀬田、宗次郎……くん」
「はい」
「取りあえず、今日からはうちに住んでもらうことになった」
「ええ、オジさんから聞きました」
「じゃあ……とりあえず、うちに行こうか」
「はい、わかりました」
淡々と受け答えをする瀬田に、居心地の悪さを感じる。喉に魚の小骨が刺さるような不快感。飲み込めない理不尽に眉をひそめる事しか出来ない。
せめて、せめて自分が今まで見向きもされなかった彼に目をかけやるしかない。
「瀬田くん、荷物を持ってやろ」
「いえ、結構です。それより行きましょう」
「う……うん」
一先ず小さな切っ掛けからでも関わりを始めようと橋本は瀬田の手荷物を持ってやろうと進言したが、瀬田はにこりと笑みを浮かべたまま必要ないときっぱりと断ってさっさとリュックを背負うとすぐに最寄りの駅に向かって歩き始めてしまう。あまりにもバッサリと必要ないと言われた橋本は手持ち無沙汰に手を引っ込めるに引っ込められずに立ち尽くす。こうも一刀両断にされるとは考えもしなかった。完全に信用されてない。にこにこと笑ってはいるが、近付いてこようとはしない。今までにいた環境が環境ではあるが、これは距離を縮めるのには時間が掛かりそうだ。
さっさと歩き出した彼に、本当に可愛いげのないガキだと小さく呟けば、立ち止まったままの橋本にようやっと気づいたのか彼はきょとんと間抜けた顔で振り返った。来ないのかと言うように見つめてくる視線に、髪の毛を掻きむしり、前途多難だと頭を抱えたくなった。
まさに、たじたじ、である。
14.08.15
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旧ブログからネタ掘り出したのでこちらに載せます。